前回のブログでは歯科治療が超激痛だったこと、刑事施設で外の人と同レベルの医療を受けることは出来ないということを書きました。
居室内の作業がビニール袋にチラシ入れるというものから、紙袋作りに変わります。生魚を入れる紙の袋です。↓こんな感じです

他にも有名な神社の千歳飴の袋や、煙草のカートンの箱、コーヒー豆を入れる袋を作ったりしました。
累犯から色々な話を聞くようになりました。
例えば、衛生係になると仮釈が多くもらえて、刑期の1/3(3ピンで)が刑期から引かれるとか、刑務所では箸の置き方まで他の受刑者に注意されるとか、眠剤を飲んでいると衛生係になれないとか。
他にも話はたくさんありましたが、この中で気になったのは眠剤を飲んでいると衛生係になれない、ということでした。私の目標は電話面会です。一日も早く「類」と「種」を上げたい。
このとき、私の年齢は36歳になっていました。
私は18歳からずーっと睡眠薬と安定剤を飲み続けてきました。18年間休むことなく、しかも大量に摂取してきたわけです。睡眠薬と安定剤を飲まずに生活していたのが18年も前なのです。
わたし、18年前ってどうやって寝てたんだろう?
その頃のことを思い出すことができません。あまりにも昔すぎて。
それだけ長い時間薬物に依存して生きてきたこと、OD(オーバードーズ)していたことがとても怖くなります。
特別官本でダルクの本をたくさん借りて読んでいました。創設者の近藤恒夫さんの本に書いてあった内容が、私には絶望的に思えてしまったのです。
それは、自助グループでは「薬物を使った時間の3倍の時間をクリアすれば回復だ」と言われる、という一文でした。
私は18年間も依存しています。そしてこの時点でも睡眠薬と安定剤を拘置所から処方されていました。
18年×3倍で54年……
54年間薬物を絶ってはじめて回復と言えるってことか……
依存症は一生完治しない病気。
完治しないから、回復し続けるしかない。
そう理解したつもりでも、54年という数字を目の当たりにするとあまりにも先すぎて、そんな未来が自分に訪れるのか……と不安になってしまいました。
いきなり断薬は怖い……、断薬してもし眠れなかったらどうしよう……、18年間も薬に頼って眠ってきた、それがいきなり薬なしで眠れる……?でもこれからの人生、薬に頼って生きていくのはもう嫌だ……。
ここには絶対に戻らないって決めた。私は早くここから出るんだ……!
毎朝回ってくる先生の願いごとで、あることを申し出ます。
「睡眠薬の量を減らしたいです」
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。