前回のブログでは、依存症の「底つき」について書きました。
今日のブログは、昨日Twitterでつぶやいた内容を書いていこうと思います。
私はTwitterアカウントが2つありますが、どちらでもネガティブなことはつぶやかないようにしています。
なぜなら、ネガティブはものすごいスピードで人に伝染するからです。
ツイートとは「小鳥のさえずり」という意味ですが、日本語版Twitterでは「つぶやき」と表現されていたようです。「つぶやき」なので日記代わりに使っても、備忘録に使っても、愚痴を吐いても、それは使う人の自由です。
依存症子のアカウントでは同じように依存症で苦しんでいる人、その関係者、元受刑者、受刑者の待ち人をフォローさせていただいています。
どちらのアカウントでも、死にたいとか、永遠に他人の悪口を言っていたり、他人の非難をしているようなツイートが流れて来ると気分がげんなりします。
それがあまりにもひどいアカウントはフォローを外すか、ミュートをします。
「批判」ではなく「非難」、相手の人格を否定して石を投げるようなツイートは本当に見たくないです。私自身がこのように感じる人間だから、ネガティブなツイートはしないように心がけています。
おととい「性犯罪者は去勢すべし」というツイートを見ました。
この考え方に則って考えていくと極論にはなりますが、窃盗を犯した私は手を切り落とすことになります。
依存症には様々なものがあります。違法薬物、処方薬、窃盗、ギャンブル、アルコール、性的依存、ニコチン、自傷行為、放火、挙げはじめるとキリがありません。
犯罪とそうでないものに分けられますが、私が依存しているのは両方です。(私の場合は違法薬物・処方薬・ギャンブル・窃盗・自傷・買い物です)
私が18歳の夏に、キャバクラで働いているときの出来事を書いていきます。
その日は週末の給料日で、仕事が終わったら彼氏とカラオケに行こうと約束していました。
車で迎えに来てくれる約束でしたが、友達とのカラオケを延長したから少し待っててと言われます。ムカついた私は「いいよ歩いて帰るから!」と電話を切って、繁華街から自宅の方に向かって歩き始めます。
時間は深夜2時です。
季節は夏で私は18歳、露出をした服装で歩いていました。持っていたプラダのリュックの中にはお給料40万が入っています。
だんだん街灯も少なくなっていき、怖くなってきた私は、携帯電話でお客さんと話をしながら歩きます。
小学校の正門にゆらっと人影が見えました。男性です。
「こんな時間に小学校に人が居るなんておかしくない……?」ものすごく嫌な予感がしました。男性は私の方へ歩いてきます。すれ違う前に顔を見たらニヤニヤしていました。
私は身長168㎝で女性にしては高い方です。あのころは10㎝ヒールのサンダルを履いていました。
すれ違った直後に振り返ったら、男はもう襲い掛かってきていました。
すれ違う前は私より身長が小さかったはずの男が、大きな熊のように見えました。
私は自分の身より給料の40万を守ろうと必死に抵抗しますが、男の力にはかないません。
たまたま通りかかった車の運転手さんが何やってるんだ!と車から降りて助けに来てくれました。男は一目散に走って逃げます。
運転手の男性は警察に電話しよう、ケガもしてるし救急車も呼ぼうか?と親切に言ってくれたのですが、男から襲われたという恐怖の感情から怒りに変わった私は、助けてくれた男性へのお礼もそこそこに素足で男を追いかけます。
小学校の前で襲う女性を物色しているなら、絶対に近くに住んでるはず!!!!
結局見つけられず、警察へ通報することもせずに帰宅します。
あれから22年が経過しました。「性犯罪者は去勢すべし」というツイートを見て、あの男は今何をしているかなと考えます。
私が依存症となってしまった今、あの男もまた“性依存”という病気だったのでは?と考えると、とても複雑な思いになるのです。
私は窃盗で逮捕されています。窃盗をしたお店が私のせいで潰れてしまったら、そのお店の人は私の手を切り落したいほど、殺したいほど憎むでしょう。
私の夫は「症子が犯した罪は消えず一生償っていくものだが、第三者がとやかく言う問題ではない」というスタンスです。
仮に夫の実家が商売をやっていて、クレプトマニアのせいで廃業に追い込まれたとしたら、全く同じことが言えるでしょうか?
私は自分が依存症だと理解する前は、私を襲った男が許せませんでした。
襲われてからしばらくは全ての男性がそう見えてしまったり、人気のない場所で男性とすれ違う時に距離を取ったりしていました。
今現在の私の立ち位置では、私を襲った男がもし性依存だったとしたら、しっかり治療して立ち直ってほしいと思います。
ですが過去の私の立ち位置からは、男が憎くて仕方がなかったのも事実です。
長くなってしまいましたが、今日は自分の立っている位置が変われば、思うことも考えることも変わる、という話です。読んでいただいてありがとうございました。
※※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。