Column

文春オンライン掲載の反響

コラム

前回のブログでは、最近読者になってくださった方へ向けて、手紙と面会について、改めて私の考えを書かせていただきました。

優しさと甘やかしの違いを見極めはるのは、本当に難しいですよね。以前にも書いたことがありますが、夫が私に書いた、手紙の一文を紹介させてください。

俺はこれからもどんどん前へ進んでいきます。進むスピードをゆっくりにすることはできるし、手も差し伸べるけど、その手を掴むか離すかは、症子次第です。

私はこれが、厳しさであり、優しさだと思っています。

一見すると、突き放したような文章に見えます。実際に私がこの手紙を受け取ったとき、「あっそ。私を見捨てるんだ」と思いました。

刑務所の中だからひねくれて受け取る。素直に聞くことが出来なかった時期に、この手紙が届いたのです。

それはもうショックでした。あぁ、私は一人になる。孤独になる。

でもよく見てください。夫は“見捨てる”なんて、一言も書いていないんですよね。

私は何度もこの手紙を読み返しました。穴が開くほど読み返しました。そして私なりの解釈をしました。

『俺は後ろを振り返らずにこれからも前進して行く。症子が付いてこれるように、ゆっくり歩くことは出来る。手も差し伸べる。

だけど肝心の症子が、自らの足で立って、俺の手を掴んでくれなかったら意味が無い。俺が無理矢理手を引っ張っても、症子は成長しない。

自ら考え更生するのか、これまでのように責任転嫁する人生を生きるのか、その選択は症子自身がすればいい。』

私は後者を選択し、自ら立ち上がり、自分を変えようと努力した結果、今に至ります。

文春の記者さんとの出会い

2021年11月28日㈰正午、私の記事が文春オンラインにupされました。

私の記事を書いてくださったのは、進藤さんの記事を書いた記者さんで、初めて進藤さんの教会へ行ったときに、この記者さんにお会いしました。

私は進藤さんの講話を立川拘置所で聞き、更生した受刑者の一人です。進藤さんの取材の一環でお話ができる程度かと思っていましたが、碧の森のプロフィールを見た記者さんは、「進藤さんとは別で取材をさせてください」と言いました。

その場に夫も居たので、取材を受ける旨の許可をもらい、10月末に早速取材を受けることとなりました。

批判・非難・誹謗中傷

私は取材を受けたあと、どんな批判が来るか、ある程度の予測をしていました。いつもブログに書いていますが、私は非難や誹謗中傷は気にしません。が、批判はしっかり受け止めます。

批判→物事の真偽や可否を検討し、誤りや欠点を指摘してそれを正すように求める

非難→欠点や犯した過ちを指摘し責める

誹謗中傷→根拠のない悪口を言いふらして他人を傷付ける行為

以上を踏まえて、今回の記事を振り返って行きます。

私が予測していた批判・非難と実際の批判・非難

・どれだけ酷い幼少期を過ごそうが、犯罪を犯さず真面目に生活している人はいる
・過去の犯罪を美化、美談化するのはやめろ
・自分が犯した犯罪の責任転嫁をするな

これらは絶対に来るだろうと思っていました。

もし私が真面目に人生を歩んでいたとしたら、同じように思うからです。真面目に生活していれば、道から外れた人間にスポットライトが当たるのはおかしい、そう思うのが当然かと思います。

Twitterのリプライ欄に、こんなものがありました。

こちらは「火ノ丸相撲」という、ジャンプで連載されていた漫画の名セリフです。実は私は刑務所で、週刊少年ジャンプを私本として購入していました。このシーンを読んだのは立川拘置所だったと思います。ここに書かれていることはごもっともで、ぐうの音も出ません。

実際に来た非難はこちらです。

・どうせまた再犯するだろう
・自己顕示欲の塊
・誰かを救う前に謝罪が先だ
・自分勝手、身勝手、見たくもない

ネットニュースはタダで読めますから、深く読もうとせず、タイトルの過激な部分だけを切り取って意見をする人が、一定数いるように思います。

アメブロも、深く読み込む人がどれくらいいるかと言うと、2割いるかいないかだと、私は勝手に感じています。

応援、肯定的な意見もたくさんいただきました。

私のように生育環境が良くなかった方から、応援のメッセージをいただきました。

記事を見て、涙が出たという方もいらっしゃいました。

読んでいる途中で自分の過去がフラッシュバックして、気分が悪くなってしまったという方もいらっしゃいました。

文春オンラインで初めて私を知って、アメブロに辿り着いた方も多くいらっしゃいました。

個人的にメッセージを頂いたり、ブログにコメントをくださる方もいらっしゃいました。

実は記者さんからは、批判5:肯定5、もしくはそれより悪く、批判6:肯定4になるかも知れないと言われていました。だから相当な覚悟をしていたんです。

私が見ていないだけで、もっと多くの批判があるかも知れませんが、思っていたよりも受け入れてくださる意見が多いことに、私はかなり驚いています。

実名と顔を出した理由

あの記事に、私の現在の写真だけ出ていて、“依存症者や受刑者、その家族の支援をしている「依存症子」さんは”と書かれていたとしましょう。

もし私が依存症者や受刑者を支える側だったら、「本名を出せない理由も分かるけど、何だかね……」と、違和感を感じるのではないかと思ったのです。

本名を出したほうが、私の覚悟や思いが、読者に伝わるのではないか。私はそう考えました。

もちろん、勇気が必要でした

これまで私と仲良くしていた人で、私の過去や受刑歴を知らない人が、文春と言う大きな媒体に載ることで、私から離れていくかもしれない。今後の付き合いを断られるかもしれない。

私はそれでもいいと決意しました。

そんな小さなことに構っていられない。私には大きな目標がある。

いつか必ず法務省で講話をし、受刑者を雇用し、保護司になるという目標が。

受刑者と元受刑者の、道しるべになると決めたじゃないか。

そして今現在、私を頼って相談に来てくださる方たちの、勇気と力にならなくてどうする!

私は元受刑者で依存症者だけど、今このような活動ができています。こうして私が矢面に立つことで、変えられることがあると信じています。

矢面に立って何が変えられるんだ!?どうせ何も変わらない!そういう意見の方もいらっしゃるでしょう。

具体的に何を変えられんの!?と今聞かれても、ごめんなさい。答えられません。

今後の私の活動と活躍次第で、何かが変えられると信じています。

誰かの力になれる、勇気になれることを、信じています。

これから結果が残せるように、実現できるように、私にできることを、精一杯やって行きたいと思います。

依存症子と碧の森を、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

最近は多くの方からコメントをいただきます。碧の森のHPをご覧の皆さん、こちらの元記事のアメブロのコメント欄もぜひ参考になさってください。

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