Column

通役に転業して起きた異変

受刑者

前回のブログでは、就寝時の睡眠薬を1錠に減薬したこと、テレビが設置されている居室へ移動になったこと、そして念願の居室外就業者になったことを書きました。

立川拘置所のテレビ放送は、外の世界で観ていたのとほぼ同じチャンネルを観ることができました。テレビを観るのは約10ヶ月ぶりです。知らない芸人さんを見たときは、時間が経過したことを嫌でも思い知らされました。

矯正指導日も少し変わって、プロフェッショナル仕事の流儀や、ドキュメンタリーの録画を観て感想を書くというものに変わります。

通役の作業は紙袋作成と、紙袋に取っ手を付ける作業が主でした。

立川拘置所は縦に長い建物がいくつかあって、棟と棟の間に通路があります。その通路に小さな部屋があり、通役はその小部屋で5人で作業をします。
先生は定期的に巡回してくるので、その時に願い事を申し出たり材料をもらったりします。

この頃からお腹の調子が悪くなることが増えました。
拘置所や刑務所では栄養バランスのとれた食事が出ますし、食物アレルギーもないのでお腹を壊す原因は無いはずなんです。

先生が常に居るわけではないので、お腹が痛くなると本当に困ります。通役の作業場にトイレは無いので、大声で先生を呼んだこともあります。
トイレへすぐに行くことができないというプレッシャーが、腹痛を起こしているのは間違いありませんでした。

この腹痛は出所後にいっそう酷くなります。そして原因を突き止めるまでに2年かかってしまいました。今現在もお腹の不調と向き合っています。その原因についてはまた後に書いていきたいと思います。

医務に腹痛を訴えます。薬はフェロベリンやミロピンを(現在はロペラミド)処方されましたが、一向に治る気配はありませんでした。

就寝時は相変わらず物音で目が覚めるし、そうやって目が覚めてしまう自分の神経質さにイライラしながらも減薬を続けます。

私たちはどこの刑務所へ移送されるのか?運動の時間にそんな話が出ます。
ほとんど栃木へ行くだろうけど、初犯は美祢(みね)に行く可能性もあると教えてくれた累犯がいました。彼女は栃木刑務所に居たことがあるようです。

彼女は隣の居室だったのですが、毎日のように手紙が届くのがとても羨ましかったです。

なぜ手紙が来るって分かるの?と思う方もいるでしょうが、何もかもが管理されている刑務所や拘置所だからこそ、他の受刑者の変化が嫌でも見えてしまったり、敏感に聞こえるようになるものなんです。

作業が終わった後に先生が手紙や差入れ、私本購入や物品購入などを滑車付きの台で運んでくるのですが、その滑車の音はいつも彼女の居室で止まり、一番端の私の居室に来ることはほとんどありません。

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

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