Column

湧き上がる怒り

薬物依存

前回のブログでは、人生の約半分を刑務所で過ごす累犯から話を聞いたこと、ただ受刑時間が過ぎるのを待つことと罪を償うことは同義ではない、ということを書きました。

工場へ転業になった直後のノートです。

「長い手紙。読みたくない。どうせキツイことしか書いてないし。明日がいやだ。」と書いてありますが、今読み返すと少し笑ってしまいます。この頃は何に対してもお手本を求めていたなと思います。

上手くお伝えできるか分かりませんが、「分からないんだから教えてよ!やってみるから!」という感じで、自分で考えて行動に移そうとは思っていませんでした。

誰かに問題提起をしてもらわないと、自らその問題に向き合えない感じですね。

私の心境の変化のようなものも見て取れます。青のペンで書かれているのは「夢」、「志」、「志す」という言葉を辞書で調べて書き写したものです。
夫からの手紙は相変わらず厳しく、これからは志を持って生きろ、夢ばかり見るなという内容が多かったので、今まで当たり前に使ってきたこれらの言葉の意味を、改めて調べてみようと思ったのです。

()の中は言葉の意味を知って、あの頃の自分が思ったことです。

夢→実社会や厳しい現実から遊離して、暫時享楽する甘くて楽しい環境
(現実逃避しまっくって常にぶっ飛んでたな……)
志→相手の立場に立って、事情を思いやり示そうとする誠意
(相手の立場に立つなんてここ最近したことがない。思いやりってなんだっけ……)
志す→積極的に何かしようという気持ちになって、その実現に努力する
(積極的に何かを実現させようなんて最近考えたことない……)

逮捕からここに至るまで11ヶ月。こんな風に色々ものが見えてくるようになったのは、薬が抜けてきたからです。

ただ、冷静になればなるほど母への怒りが湧いてきてしまいます。
自分が刑務所に来ることになってしまった理由を突き詰めていった結果、幼少期の環境や教育方針が悪かったことが関係していると気付いてしまったからです。

このころの私はまだ精神的に未熟で、親のせいで自分がおかしな人間になってしまったという思いが、頭の半分以上を占めていました。

親がしっかり教育してくれたら、自分はこうはならなかったんじゃないか。

もっと勉強する子どもになっていたかもしれないし、ギャンブルとは無縁で生きることもできたかも知れない。お金以外の幸せを見いだせる人間になっていたかも知れない。

このころの私は、過去をさかのぼって自分の悪い所を見つめることは出来ても、まだどこか他人のせい、特に母のせいだと思っているところがありました。

寒い季節に刑務所へ移送されることになるだろう、私コート持ってないや……。
そう思った私は夫に手紙を書き、何でもいいからコートを送って欲しいとお願いします。私は買い物依存症でもあるので、洋服は山ほど家にあるはずです。

2週間後に黒い革のコートが届いたと先生から言われ、私革のコート持ってたっけ?と思いながら書類に確認の指印を押します。拘置所や刑務所では居室に入らない物は全て領置され、出所時に渡されます。

刑務所へ移送される前日に話は飛びます。

届いたコートを実際に目にしたとき、ものすごい怒りが湧き上がってきました。

それは私が小学生のころから見ていた、母のお気に入りの革のコートだったからです。

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

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