Column

人生の約半分を刑務所で過ごす女性

処方薬依存

前回のブログでは、新年を立川拘置所で迎えたこと、年始に工場へ転業になったこと、今回の受刑が5回目だという累犯に会ったことを書きました。

彼女の名前をKさんとします。年齢は私とそんなに変わらず、薬物で5回目の受刑です。人生の約半分を刑務所で過ごしている計算になると前回のブログに書きました。

彼女の家族構成や生い立ちに興味があり、運動の時間に少しずつ話を聞くようになります。Kさんが本当のことを話してくれたかは分かりませんが、その頃の内容を簡単に書いていきます。

夫と子どもがいて、夫は放火で服役中。子どもは2人(高校生と小学生)、現在の夫の子ではない。学歴は中卒、職歴は水商売、風俗。

Kさんは自身が薬物依存症という病気だと分かっていました。完治することはない病気だと知っていました。知っていながら治療に通い続けることしませんでした。
ダルクに行くのは無駄で、他の依存症治療の病院や施設を探そうともせず、治療することを諦めていました。

「依存症って治らない病気だよ?治らないんだから仕方ないよね。」

Kさんは薬物で逮捕されること自体、誰も傷付けていないしお金を奪った訳でもない、被害者の居ない犯罪だと言っていました。

本人には言いませんでしたが、人生の半分を刑務所で過ごす母親の元に産まれた2人の子どもが、一番の被害者だと私は思います。

私がもし彼女の子どもだったら、きっと一生恨むだろうなと思いました。

 

受刑者が犯した罪を償う、それは具体的に何をどうすれば償いになるのか。そのことに一生向き合わなければいけないと私は考えています。

刑期を務めればそれで終わりでしょうか?

私で言えば、窃盗をしたお店へ被害弁済と謝罪をするのが第一です。それが済んで、あとは刑期を務めて晴れて自由の身!私はこんなふうには考えられません。

被害を受けた方が被害届を出すのにかかった無駄な時間、私に対する怒り、お店がどれだけの被害を被ったか、実際に私たちはそれらを知らされること無く、刑期を過ごすのです。

私の家族は、私が逮捕されたことでどんな迷惑を被ったでしょう。
自宅へ家宅捜索に来られる屈辱、時間、犯罪を犯したことへの怒り、犯罪とは無縁で普通に生活をする人からすれば、どれも耐え難いものだと思います。

刑務所の中でどう過ごすか。自分の考え方次第で後の人生は大きく変わります。

Kさんで言えば、もう二度と子どもたちに寂しい思いをさせない!と決心すれば、依存症治療に前向きに取り組むかも知れません。
放火をする男性が子どもの父親に相応しいのか、考えられるようになるかも知れません。

ただ刑期が終わるのを待つことと「罪を償う」ことは同じではありません。

私は時に逃げ出したくなります。あの頃の自分を思い出したくないし、できることならやり直したい。叫びたくなるのもしょっちゅうです。

ですがそのまま放置して見ないふりをしても、結局苦しくなるのは自分です。

時間は戻せないし、起きたことを無かったことにはできません。

全てを背負って、これからの人生をどう生きていくかだと思います。

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

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