前回のブログでは、依存症の回復は自分を理解することから始まると書きました。
私が自分を理解しようと思ったきっかけは刑務所へ行ったことです。二度と刑務所に戻らないために、累犯をひたすら観察しました。
累犯からいろいろな話を聞いていると、家庭環境に問題がある人、もともと精神疾患を患っている人(うつ、双極性障害、摂食障害、解離性障害の類い)、他人から何か頼まれると断れない人、流されやすい人が多いことに気付きます。
自分との共通点をたくさん見つけます。
わたし、このまま変わらなかったら累犯になっちゃうんじゃないの?
ただダラダラと時間が過ぎるのを待っているだけじゃ、きっとまた刑務所に戻っちゃう。
それに気付いたとき、自分の置かれている状況がもう崖っぷちというか、背水の陣というか……とにかく自分を変えないと、出所後に決して幸せになれないと思ったのです。
私の場合は刑務所へ行ったこと、後がない状況へ追い込まれたこと、母に捨てられたこと、夫が依存症への理解を全く示さなかったこと、面会へ一切来なかったこと、出所後に母が亡くなったことが自分を変えるきっかけになったのです。
ではAさんはどうでしょう?彼女は覚せい剤の累犯で受刑は2回目です。
自分の子どもを児童相談所に持っていかれ、取り返すために努力したけど、結果また刑務所へ戻ってしまいます。
この差は一体何なのか……。いまだに私も答えが出せずにいます。
Aさんの中で、刑務所へ行くということに慣れてしまったというのはあるでしょう。自分が依存症だと分かっていても、どんな病気かしっかり理解していなかったのです。
受刑中に覚せい剤を使わなかったんだから大丈夫!という勘違いが起こり、出所後に依存症の治療に真剣に取り組まなかったというのもあると思います。
このブログを読んでくださる依存症者の家族の方、たくさんいらっしゃると思います。
ご自身の大切な子ども、夫、妻、友人に、「あなたは依存症で、私はあなたの依存行動で迷惑しています。あなたの身体を心配しています。だから依存症の病院へ行ってくれませんか?」と伝えたとして、どれだけの人が納得してくれるでしょうか。
私が違法薬物やODばかりしている時に(逮捕前に)こう言わたら、間違いなく「は?何言ってんの?」となると思います。
私自身の経験からはっきり言えますが、人は自分が不自由な状況に追い込まれたときに、多くのことを考えるのです。
ガンや難病の闘病生活から生還された方にパワフルな人が多いのは、闘病生活中に色々なことに気付いたからだと思います。
不自由な状況に追い込まれなければ何も考えません。改善しようとしません。
子供部屋おじさん、おばさん、引きこもりは、それ自体の良し悪しは置いといて、その環境に不自由していないから存在すると私は考えます。
誰かが何かを与えてくれる、その現状に満足し、改善しようという考えを起こさせない。
あなたが何かを与える前に、それを与えることで相手がどうなるか考えてみてください。
受刑中の私に夫から「症子の帰りを心から待っているよ、愛してるよ、症子には俺がついてるよ、大丈夫だよ」という手紙が頻繁に届いていたら…?
「この人は私を捨てない、まだ私の駒になる」と思って反省などしなかったでしょう。
これも何度もブログに書いていますが、優しさと甘さはイコールではありません。
私に優しい人ほど時に厳しいことを言い、突き放します。
自ら考え答えを出すんだと、自立を促してくれます。
私がここまで這い上がるのに、とんでもなく遠回りしました。そしてかなりの時間がかかっています。幼少期から遡ると38年です。
とても長い戦いになります。そして家族のかたちは様々です。
依存症者、依存症者の家族ともに、失敗→気付き→自分を見つめる→改善→失敗→後悔→新たな気付き、これを繰り返していくしかないのです。
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。