前回のブログでは、出所直後は子どもを児童相談所から引き取ろうと頑張っていたAさんが、2ヶ月経過すると気が緩んで、自分の欲に走ってしまったと書きました。
前回のブログを見ていただいた方はもう気付いていると思いますが、Aさんとお父さんは共依存の関係にあります。
Aさんには「お父さんは何があっても最後は私の力になってくれる」、という甘えがあります。
お父さんは「私のせいでAがこうなってしまった、Aを支えて孫のためにも何とか更生させなければ」、という思いがあります。
結果Aさんは好き放題、M君のことや面倒なこと、尻拭いは父親任せになります。
お父さんは自分の生活がままならないのに、Aさんの尻拭いを続けます。
こうして文字に起こすと、何もかもが悪循環なことが分かりますね。
出所後のAさん家族・私の家族の考え方を見ていきます。
↑Aさんとお父さんの考え方・感情・行動で、あてはまるものを青字にしています。
↓依存症子と夫の場合で、あてはまるものは赤字です。
依存症者側から見ていきます。
Aさんは極度に楽観的なことが多く、誰かが何とかしてくれる、助けてくれるという甘い考えがなかなか抜けません。まだ若いせいもありますが、切羽詰まった感じは一切見受けられませんでした。
私は母が自分を捨てて出て行ったこと、出所後に亡くなったことで「夫にまで捨てられたくない、失いたくない」という思いが出てきます。二度と刑務所へ戻りたくない、失敗したくないという思いも強くあります。
血のつながった家族とそうでない場合の違いも見えてきます。
夫は私の機嫌を取るようなことはありません。だって私がいい加減な人間のまま更生しなければ(成長しなければ)、離婚すればいいのです。
ですがお父さんの場合は実の娘です。借金も何もかも、Aさんが放り出せばすべて自分のところに連絡が来ます。世間の目もありますし、縁を切ってはい終わり、というわけにはいきません。
私はもう大切なものを失わないように、目標をもって生きるという道を選びました。
昔の自分のように、苦しんでいる人の助けになるんだと決意しました。
昔の自分のように、苦しんでいる人の家族の力になるんだと決意しました。
こんなに偉そうなことを書いてるし言ってるけど、私は現在も依存症で回復中です。
いつスリップするか分かりません。でもいま間違いなく言えるのは、私が私自身の目標を諦めない限り、見失わない限り、スリップはしないということです。
前回のブログでAさんがスリップしてしまった原因を、“環境が悪かった”と、“自分を見誤った”と書きましたが、どういうことか私で例えていきます。
・私は自分が依存症だという自覚があるので、そういったモノがあるような場所には近付きません。仮に水商売や風俗をやればそこには高確率でヤクザが居て、ヤクザに群がるコバンザメのような人たちがいます。彼らがどうやって何で稼いでいるのか、愛人だった私にはとても良く分かるから、今後絶対に自ら近付くことはありません。
・パチンコ屋さんはたまにトイレを借りに行く程度ですが、財布の中には現金を入れずに生活しています。もし入っていたら「1000円くらいいっか…」となるかも知れません。カジノがあるような場所にも近付きません。
・服の買い物も、「これってずっと着れる?本当に心から欲しいかな?」と何回も何回も自問自答します。結果、ほとんどの物が自分に必要ないと判断できたりします。(笑)
・嘘をつかないように、そういう状況にならないように、夫と会話する時間を意識的に作っています。こういうことにお金を使いたい、何をしたい、こうして欲しい、こう思っている、考えている、すべて隠さず伝えます。
自分を理解できれば、無茶なことはしないのです。自分を大きく見せる必要もなくなるのです。
“自分を理解して、もう大丈夫と自分で判断しない、勘違いしない”
“自分が流されそうな環境に近づかない、身を置かない”
これができなかったから、Aさんはまた刑務所へ戻ってしまったのです。
ただ刑期が過ぎるのを待つだけでは、出所してもまた同じことが起こるでしょう。
受刑中にいかに自分を見つめるか、自分の弱点を理解するかが本当に大切です。
何度も言いますが、どんな人も自分の過ちや弱い部分など見たくありません。
ですがそこに向き合わないと永遠に解決などできません。
自分で自分を理解することから回復が始まる、私はそう考えます。
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。

