Column

前科者と元受刑者の顔認証

受刑者の家族

前回のブログでは、出所後を見据えて受刑者の支援をしてほしい、私のブログを読んでくださる受刑者のご家族の皆さんに、今一度ご自身の支え方を見直してほしいと書きました。

人の意見に耳を傾けて

自分の家族が受刑者であることを、親しい人に知られても構わないという方、少ないと思うんです。知られたら自分の生活や仕事に支障が出るから、隠さざるを得ない。

隠すということは、必然的に相談相手が少なくなります。

相談相手が少ないということは、自分の考えを後押ししてくれたり、賛同してくれたり、それはおかしいんじゃない?という意見を言ってくれる人が少ない、または居ないということになります。

意見を言ってくれる人が居なかったり、相談相手がいないと、自分の行動を暴走させたり、過激になることがあります。

・私で言えば、元受刑者だけと交流していれば、横柄になってしまうかも知れません。
・依存症者のみ、待ち人さんのみの交流は、傷の舐め合いになってしまうかも知れません。

同じコミュニティだけの交流に頼らず、拘らず、自分の視野が狭くならないようにする。色々な人の意見に耳を傾けることは、必ず自分を成長させてくれます。

それを皆さんには知っていただきたいです。

顔認証の賛否

おととい、ネットニュースでこちらの記事を見つけました。

 

簡単に抜粋しますと、

『JR東日本は、東京オリパラを控えた今年7月、首都圏の主要駅に、事前登録した顔写真から不審者を検知して警戒にあたる防犯カメラを一部で導入、検知対象になるのは指名手配犯、駅や列車内で過去に重大な犯罪を犯して刑務所に服役し、出所や仮出所となった人も含めていた』

というものです。

この記事に、元受刑者の立場として、私は以下のようにツイートしました。

このツイートでは少し説明不足でしたので、追記します。

仮に今後法律が改正され、街中の防犯カメラのデータベースに、前科者や元受刑者が載る時代が訪れたとしても、私は何も困りません。むしろ犯罪の抑止になると思うので、賛成です。

前科は消えません。時代の変化に合わせて、その重みを背負って生きて行く。それが私の更生に対する考え方です。

このツイートに、多くのリツイートとご意見をいただきました。

前科者、元受刑者側のご意見は?

「ぼくだからできること。」を運営されているキリオさんは、このようにコメントをくださいました。

「迫害されても文句を言えない立場にいる」、「前科者が自分のことを棚に上げて被害者ぶるようなことは絶対あってはならない」と言う部分、私も全く同意見です。

同じ元受刑者の立場からお二人、このようなご意見をいただきました。

東雲さんは「やましいことは一切していないので防犯カメラに支障も抵抗もない」、天涯さんは「JRが安全確保の為というというなら止めることは出来ない」とあります。

皆さん人権の問題に触れながらも、安全の為なら仕方がないのではというご意見です。

前科者でも元受刑者でもない方(犯罪とは無縁の方)からのご意見は?

たけさんと言う方は、公共の福祉との兼ね合いとおっしゃっています。

公共の福祉について簡単に説明すると、『社会全体の共通の利益であり、ほかの人の人権との衝突を調整するための原理』です。詳しく知りたい方は、公共の福祉Wikipediaへどうぞ。

佐藤心さんという方は、「社会復帰しても息苦しい思いを死ぬまで味わい続けるべきとは思えない」、「出所後は罪を償っているわけで、更に追い打ちをかけるのは理不尽に感じる」というご意見です。

このお二人のご意見も大変貴重です。佐藤心さんは「そういう締め付けが(監視が)再犯に繋がるのでは?」という意味も含まれていると、依存症子は受け止めています。

では、依存症子の夫の意見は?

犯罪を防止するという目的から、今回のJRの取り組みには賛成で、当然の事と思う。

仮に症子の言うように、「街中の防犯カメラのデータベースに、前科者や元受刑者が載る時代が訪れたとして」、社会一般の利益を守るためには当然の事であり、受け入れなければいけない。

このように言っていました。夫と私は同じ意見です。

撮影した万引き犯の画像共有は、とっくにされています

 

 

こちらは2019年12月20日の記事です。簡単に抜粋すると、

『渋谷書店万引対策共同プロジェクトとして、渋谷駅近くにある啓文堂書店渋谷店、大盛堂書店、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店が2019年7月30日から、万引きや盗撮、器物損壊、暴行・傷害、公然わいせつの犯罪を防ぎ、3店で過去に万引きをしたことが確実な人物の確認・警戒を目的にしている』

というものです。本屋での万引き、盗撮などは以前から大きな問題となっていましたね。

忘れないで、それだけの事をしでかした事実を

キリオさんの言葉にありますが、前科者や元受刑者が自分のことを棚に上げて、被害者ぶるようなことは絶対にあってはならないのです。

かと言って「自分は受刑者だったから…」とか「前科者だから…」と、必要以上に卑屈になる必要はありません。卑屈になって投げやりになって、また同じ失敗をしているようでは、刑務所に戻る確率は大きくなります。

過去を踏まえて、これからどう生きて行くかが、出所後の人生の課題なのではないでしょうか。

自分がどれだけのことをしでかしたのか、被害者に、家族に、愛する人にどれだけの迷惑を掛けたのか、それは一生忘れてはいけない事だと、依存症子は思います。

今日のブログは、賛否両論あると思います

私は佐藤心さんのご意見の通り、今後データベースに顔が載るかも知れないという不利益も含めて、犯した罪に対する罰という見方をしています。私にとって、この心構えも更正の一部なのです。

仮に私が犯罪とも刺青とも、全く無縁の生活を送っていたとします。

スーパー銭湯に行って刺青が入っている人が居たら、とても怖いと感じます。今自分にこれだけ全身に刺青が入っていても、怖いと思います。

JRの取り組みも、「何でやめちゃうの?犯罪者は監視されて当然じゃない?」と思うでしょう。

立場が変われば、思うことは変わるのです。

大切なのは、相手の立場に立って考えることができるかだと、依存症子は思います。

皆さんからのご意見、ぜひコメント欄からお聞かせください。

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

最近は多くの方からコメントをいただきます。こちらのHPをご覧の皆さん、こちらの元記事のアメブロのコメント欄もぜひ参考になさってください。

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