Column

母の墓参り、43歳の誕生日

アダルトチルドレン

前回のブログでは、誹謗中傷や攻撃を受けたときの私なりの対処法を書きました。

43歳の誕生日

 

私事ですが、12月5日で43歳になりました。

公表をするつもりはありませんでしたが、たくさんのお祝いのお言葉をいただき、Twitterで感謝のご報告をさせていただきました。

 

4日に阿佐ヶ谷で用事があり、湘南新宿ラインで新宿へ向かっていました。

お腹の調子が悪くなりやすい私は、出来るだけトイレの付いているグリーン車を利用します。

 

前の席に、赤ちゃんを連れた家族がいました。

 

絵に描いたような理想の家族

 

お母さんは泣く赤ちゃんを一生懸命あやしています。横に座るのはおばあちゃんで、赤ちゃんをあやす娘さんのサポートをしていました。

その横にはお父さん、スマホを弄っています。

その家族は池袋で降りるため、ベビーカーを早めに準備してデッキに立ち、スムーズに降りようと準備していました。

 

お父さんの「どうやってやんの?」という質問に、少し呆れた顔をしながらベビーカーを手際良く組み立てるお母さん。

 

このとき、明日で私は43歳になるんだなぁという気持ちと同時に、父と母の顔が頭に思い浮かびました。

私が生まれ育った家庭とは真逆の、絵に描いたような理想の家族を見ているのに。

 

父と母が懐かしい

 

生家とは真逆の素敵な家族を見て、両親を思い出したのは自分でも不思議です。

このとき嫌悪感は全く無く、むしろ心が温かくなると言うか、「お母さん頑張ってんな、お父さんベビーカーの組み立て方くらい知ってなさいよ~」と思いました。

昔の私ならほのぼのした家族の光景はただの景色で、そういう家庭もあるのね、程度の認知でした。家族や家庭に興味が無いのだと思います。

 

そんな私の心が温かくなった。

 

何となくですが、自分にサインが送られているような気がしました。

 

帰省や墓参りに無頓着

 

父の生家は埼玉県、母の生家は北海道ですが、お盆や正月に「帰省する」という習慣が無いので家に居ることがほとんどでした。

 

家族揃ってお墓参りに行くなんて、片手で数えるほどしかありません。

 

父も母もそういった行事には無頓着。顔は出すけれど積極的ではない、父の実家へ行きたがらない両親を見て、どこの家もそういうものなのだと思って生きて来ました。

 

大人になって自分の家が変わっていることに気付きましたが、習慣を変えることは難しいです。

 

父の生家も母の生家も複雑なのでここでは割愛しますが、父は生家や兄弟をあまり良く思っておらず、母と両親は(私の祖父母とは)不仲でした。

そういうことも関係し、父と母が眠るのはさいたま市のとある霊園の共同墓地です。お参りに行ってもピンと来ないのは、「いかにもお墓」という形が無いからかも知れません。

 

先祖を敬うことに無頓着な環境で育った私は、当然のように父と母を敬うことをせず、現在もお墓には1年に1回行くか行かないかです。

 

何となく行こうと思った

 

電車でほのぼのとした家族を見て、人と会って帰宅し、夫に「明日何する?」と聞きます。

 

夫は有休を取っており、「静香の好きにしていいよ」と言ってくれました。

 

 

まぁいいや、明日決めよう。

 

 

依存行為が激しいころの私の誕生日は、お客さんと胡蝶蘭に囲まれていました。

 

着飾って食事をして、シャンパンを開けまくり、高価なプレゼントを貰って、自分の欲まみれの誕生日を送り続けていました。

 

出所してからは落ち着いたものの、自分の欲しいモノも、何処へ何を食べに行きたいかも、夫へ正直に伝えていました。(叶うかは別として)

 

だって、年に1度の特別な日だから。

 

 

5日の朝、起きて夫に伝えます。

 

「お母さんに会いに行くわ。そろそろ行かないとさすがにキレそうだから(笑)」

 

 

誕生日にこの言葉が出たことは、とても大きな変化です。

 

 

祝ってもらって当たり前

 

これまで誕生日は、「産まれてきてくれてありがとう」とたくさんの人に祝われる日だと思っていました。

 

そもそもたくさんの人に祝われる環境自体が異質、普通ではありません。

 

夜の世界はあらゆる感覚が狂います。

 

その歪んだ感覚は、夜の世界から遠ざかっても、“過去の栄光”として記憶にずーっと残り続けていました。

 

服役生活を送る中で、過去の栄光が色や欲、嘘にまみれたただの見せかけだったと気付いた。これはなかなか受け入れ難かったです。

 

 

なぜなら、自分が生きて来た10年以上の時間と存在が、否定されるような気がしたからです。

 

 

 

産んでくれて、ありがとう。

 

夫と霊園へ向かい、花を買います。

 

線香を備え、母に向かって独り言。

 

 

「今日私の誕生日なんだけどさ、産んでくれてありがとね。」

 

 

 

この変化を言語化するのは、もう少し先になると思います。

 

私の中で整理が付いたら、改めてブログに綴ろうと思います。

 

 

 

お祝いしてくださった皆さま、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

前科者座談会、第3回開催します

 

 

ご希望の方はTwitterのDM、またはメッセージよりお知らせください。

現時点で参加者は10名です。

 

前橋刑務所からのお便り

 

 

EXILEのATSUSHIさんが矯正支援官として来所したと書いてありました。

 

この方の出所は来年。このまま懲罰になることなく、真面目に務められるように祈ります。

 

久々のネイル

 

 

わたし、ネイリストなんですよね。あれだけ苦労して取った資格なのに忘れます。(笑)

 

仲間からたくさんのプレゼント

 

 

 

新しいアイコン、お披露目

 

 

こちらのアイコン、描いていただきました。

 

私の代表的な依存は、向精神薬とギャンブル。足元には常用していた向精神薬が散らばり、トランプを手に持っています。

 

しゃかびさんとのスペース専用のアイコンですので、見れる機会は少ないかも……?

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

最近は多くの方からコメントをいただきます。碧の森のHPをご覧の皆さん、こちらの元記事のアメブロのコメント欄もぜひ参考になさってください。

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