Column

夫の葛藤

毒親、毒母

前回のブログでは、依存症外来へ行くことができなかった理由について書きました。

今日は、留置場を出たり入ったりする私を目の当たりにしていたにも関わらず、なぜ家族がアクションを起こさなかったか(起こせなかったか)、について書いていきます。

夫は依存症について理解はしていなかったけれど、病院が処方する薬で私がおかしくなっていることは分かっていました。

私が留置場から出てきた時点で薬を捨て、二度と飲むなと止めたそうです。

「そうです」という書き方になってしまうのは、このころの私の記憶が薬の影響でほぼ無いからです。

私が色々なものをカードで勝手に買ってきます。買い物依存症でもあるので、買う行為自体に快感を感じています。
購入したものはほとんど使いません。当然お金はどんどん無くなり、借金を背負うことになります。

夫は自分のできる範囲でODを止めたと言います。
だけど私がまたどこからか薬を手に入れてきます。薬を手に入れるため、ギャンブルのため、買い物をするために、私は夫に内緒で風俗に戻っていました。

留置場まで行けばさすがに薬を止めるだろう、夫はそう思ったそうです。

これは『留置場に入ることで私がODや拘禁生活に懲りる』ということではなく、留置場で薬を飲まない生活を続ければ、薬を飲まなくても眠れることに気付くだろうと思ったと言います。

ですが留置場での私は、警察から処方された睡眠薬2錠と、精神安定剤3錠をしっかり飲んでいました。

夫は他人に無関心で言葉足らずなところがあります。積極的にコミュニケーションを取ろうとする人ではありません。ガミガミ怒るようなこともしません。

それがあのころの私には、とても消極的に見えました。

私のことなんてどうでもいいんだろうなぁ……と思っていました。夫が夫なりに私の心配をしていることに全く気付きませんでした。

夫は断薬を望んでいたのです。

夫の葛藤 #2 に続きます。

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

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