Column

コミュニケーション育成指導の成果

アダルトチルドレン

前回のブログでは、コミュニケーション育成指導の内容がどんなものだったか書きました。

今日のブログはコミュニケーション育成指導を受けたあと、私の考え方がどのように変化していったのか書いていこうと思います。

コミュニケーション育成指導1回目を受けたあとのノートです。受刑者同士でボールを投げあったり、講師の先生が「だいすきだよベン」を朗読した回ですね。

「相手が笑顔だと自分も自然と笑顔になれる、急な動きよりもゆっくりとした動きの方が思いやりや優しさを感じられたと思う、自分を大切にすれば相手に優しくできる」と書いてあります。

私はとてもせっかちで動きはかなりテキパキしています。何をやるにしてもさっさと片付けたいし、人込みを歩くときは縫うように歩くタイプです。他人からは何をそんなに急いでるの?と言われがちです。

そのせっかちさや早さは、たとえ正確であっても、相手に「雑」や「乱暴」なイメージを与えてしまうことに気付きます。

コミュニケーション育成指導2回目を受けた後のノートです。タイミングよく矯正指導日も重なります。

逮捕されてちょうど1年が経過し、夫の誕生日もありました。

拘置所の中からでも夫に喜んでもらえるプレゼントを考えよう……。そう思った私は、去年の私と今の私を比べて何が変わったか、報告することを思いつきます。

安定剤を飲まなくなった・すぐに逃げることをしなくなった・投げ出すことが少なくなってきた・過去を振り返るようになった・自分を分析するようになった・後ろ向きな考えをすることが少なくなってきた・自暴自棄にならなくなってきた

↑自分で思う、1年前より“マシ”になった部分です。

「この中から(拘置所から)外へプレゼントできるものは、自分の変化を伝えることくらいしかない」「目に見えない物が大切なんだということが、コミュニケーション育成指導や矯正指導日、本で理解できるようになってきても、実践してみるのは難しい」と書いてあります。

それまで超自分勝手で、相手の立場に立ったり人を思いやるなんてこれっぽっちも考えたことのない私が、少しずつですが他人の気持ちを理解しよう、推し量ろうと努力するようになります。

特別官本の中にBe!という冊子があり、何冊も借りて、依存症やアダルトチルドレンの方の体験談を読み漁っていました。

以前は他人の体験談にそんなに興味は無かったのですが、その人の考えていることを「知る」ことも、今の自分には必要なことなんだと考えるようになりました。

私がここまで色々考えるようになれたのは、人生最大の汚点ともいえる刑務所へ来てしまったからです。もし捕まらずのうのうと生きていたら、今の私は絶対に存在しないと言い切れます。

月並みな言葉ですが、人は失敗を繰り返しながら成長します。

とことん痛い目を見ないと、本当に後がない状態に追い込まれないと、何とかしなくちゃ、どうにかして自分を変えなきゃと思えない人間が居るのです。

いつも誰かが助けてくれるから、自分で動かなくても何とかしてくれる人が居たから、それに甘えて自立をしようとしませんでした。

過酷な場所に居たからこそ、今の自分がある。
あのときに感じたこと、思ったことすべてが今の自分の糧になっています。

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

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