前回のブログでは私の人生目標と、このブログを書く目的について書かせていただきました。
少し前のブログで、夫と私の依存症への認識がかなりズレていることを書きました。
私は大量にOD(オーバードーズ・薬の大量服用)をしていたので記憶がほとんど無く、その頃の私が話をした内容や行動を、夫は出所までずっと責め続けました。
私は様々な依存症を併発しています。薬物・処方薬・クレプトマニア(窃盗癖)・ギャンブル・買い物・整形や刺青等の自傷行為、本当に数が多すぎて自分でもかなりの不安を感じていました。
不安を感じた理由は、警察での簡易精神鑑定や拘置所の医師、拘置所と刑務所の刑務官から「出所したら必ず依存症専門の病院へ行きなさい」と異口同音で同じことを言われたからです。
裏を返せば、放置していたらまたここに戻ってくるよ!と宣告されているようなものですよね。
私は夫に依存症がどんな病気か、ひたすら手紙で伝え続けました。出所してからしっかり依存症の治療をしたかったからです。
・意志の弱い人間が罹る病気ではないこと
・依存症専門の病院で治療が必要だということ
・自分の意志で止めることは不可能だということ
・一生完治しない病気であること
・信田さよ子さんの「依存症」という本の内容をそのまま書き写す
・依存症の方の体験談が載っている「Be!」という冊子の内容をそのまま書き写す
上記のことを粘り強く伝え続けましたが、夫からすれば「まだこの期に及んで病院へ行って薬を貰う気なのか!」という思考になり、また私への怒りがぶり返すのです。
もしあのときの夫に柔軟性があったら、私が手紙で必死に訴えた依存症を少しは調べようと行動したのではないかと思います。それを一切しなかったのは恐らく、私の想いを読み解く力が怒りでかき消されたということだと思います。
夫は依存症について『意志の弱い人間がする言い訳、逃げ文句』程度にしか思っていなかったのです。
そこで、依存症者と家族について簡単にExcelで表にしてみました。
赤字が私と夫に当てはまる事柄です。
皆さんはどれが当てはまりますか?この表を見て納得される方が結構多いのではないかと思います。
私が依存症の説明をすればするほど夫の怒りに火が付き、頑なに私のやってきた行動・言動を否定し続けます。説教をして、そのまま変化しないようなら離婚するよと警告してきます。
いつまで経っても病院病院……、このまま変わらないのかと諦めの気持ちが出てきます。
そうすると私は自己否定と罪悪感に苛まれます。こんなに一生懸命依存症やアダルトチルドレンについて伝えているのに、何で理解しようとしてくれないの!?と投げやりになります。
自分の説明で納得させることができない無力感、元は柔軟性のある夫を、自分がここまで攻撃的に変えさせてしまったという罪悪感と自己嫌悪に襲われます。
私と夫が依存症について話し合ったのは出所後です。
刑務所まで迎えに来てくれた夫に、「私は依存症の病院へ行って自分を調べてもらいたい、依存症は完治しないけど回復はできる病気なんだ」と言ったとき、夫がすごく嫌な顔をしたのを今でも覚えています。
現在はかなり理解をしてくれていますが、今後もし私がスリップしたら正直どうなるか分かりません。
私は現在もあらゆる依存症で回復中です。
なぜ回復し続けられるのか?大きな理由は二つです。
何度も言いますが、もう二度と刑務所へ戻りたくないからです。
そして今まで私を支えてくれた夫を、絶対に失いたくないからです。
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。
