Column

「母」と「女」の葛藤

拘置所・刑務所

前回のブログでは、私が子どもを作らない理由を書きました。

今日は留置場から立川拘置所、刑務所と一緒だったAさんの話をしていきます。彼女は今年30歳で小学校5年生の男の子が居ます。(男の子をM君とします)

M君の父親は元ヤクザです。覚せい剤で服役しますが、出所して足を洗ったと聞いています。Aさんは離婚をしてシングルマザーになりました。

元旦那に覚せい剤を勧められ、自分も薬物依存症になり、結果服役することになります。
Aさんはひとりっ子で母親は韓国人、父親は日本人、両親は彼女が大学生のころに離婚して母親は韓国へ帰っています。

彼女が服役することで、M君は児童相談所に預けられます。それまで彼女の父親が頑張ってM君を育ててきましたが、体力的にも金銭的にも、面倒をみるのは難しかったようです。

M君を児童相談所から引き取るには、とても高いハードルがありました。
彼女の罪名は覚せい剤で、しかも累犯です。依存性が高い薬物事犯を犯した親の元に、刑務所から出てきました、はいそうですかと子どもを返すわけにはいかないのです。

M君を引き取るためにしっかり仕事をして収入を得て、薬物依存症を治療するためにグループミーティングへ通わなくてはいけませんでした。

二人で色々な話をしました。
私は夫のために頑張るんだ、AさんもM君のために回復し続けていこうね!
症子さんと一緒に頑張る、私はMを児相から取り返して絶対に一緒に暮らすんだ!

私は児童相談所の制度に詳しくありませんが、今回Aさんがしっかり自立してM君を引き取れない場合は、里親に出すことになるという話でした。

そうなったら二度とM君とは会えない。何処に行ったのかも教えてもらえない。

彼女は必死に頑張りました。私も彼女の話を聞き、できる限りのアドバイスをしました。

結論から言いますが、彼女は私から離れていきました。そして恐らく、刑務所へ戻ってしまったと思います。

Aさんは私と似ているところが多かったです。
ひとりっ子、背中に大きな刺青、水商売、風俗、ヤクザの女、愛人生活……。幼少期はお金に困らない生活を送り、両親から金銭面で甘やかされて育った所までそっくりでした。

Aさんは出所から2ヶ月は真面目に生活をしていましたが、3ヶ月目あたりからあまり連絡が取れなくなります。

私は彼女のお父さんと実際にお会いしたこともあったので、最近のAさんの様子はどうですか?と電話で聞いてみました。すると、彼女の生活は滅茶苦茶になっていました。

お父さんは自分の娘の受刑歴や薬物依存について誰にも相談できないので、せきを切ったように私に話し始めます。

どこの誰だか分からない人から宅急便がしょっちゅう届く、M君との面会があるのに朝起きない、仕事に行っている様子がない、お金が無いはずなのに髪やネイルがどんどん派手になっていく、家にほとんど帰ってこない、嘘ばかりつく、暴言、物にあたったり暴力をふるうようになった、依存症子さん以外の刑務所仲間と連絡を取っているようです。

こう聞いたとき、もうだめだ、と思いました。
宅配便の中身について、悪い予感しかしませんでした。

私はお父さんに、その中身はきっと良くないモノですとはっきり言いました。

娘宛ての郵便物や宅配便を勝手に開けるのはいくら家族でも……という思いがありながら、お父さんは箱の中身を確認しました。

箱の中には注射器が入っていました。

Aさんは勝手に自分宛ての宅配物を開封したことに怒ったそうですが、注射器は人に頼まれたものだと言ったそうです。
彼女やお父さんは糖尿病ではありません。注射器を使うような病気は患っていません。

彼女の言動や行動から、また何かしらの違法薬物に手を出しているのは明白でした。

私自身の経験から“類は友を呼ぶ”ことの怖さをAさんに伝えていました。
「おかしな人たちが寄ってくる」んじゃなくて、気付かないうちに自分から近付いちゃってるんだよ、だから私から離れないで、これからも回復を続けていこう!

私の言葉が段々耳障りになってしまったのでしょう。
私があまりにも彼女の行動を見透かすから、思っていること、考えていることを当てるから怖くなったのでしょう。

受刑中と出所直後は、更生したい気持ちとM君に会いたい一心で頑張ることができても、実際にM君に会って気が緩みます。

ずっと不自由な思いをしてきたんだから、ちょっとくらいいいよね」と。

私たち依存症者には、あらゆる意味で「ちょっと」なんて無いんです。
その「ちょっと」のコントロールができるなら刑務所には行きません。逮捕もされません。家族や他人に迷惑をかけることもありません。

Aさんは「母」よりも「女」を取ってしまった、今日はそういう悲しいブログです。

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

PAGE TOP