Column

さらに減薬へ

ギャンブル依存症

前回のブログでは、コミュニケーション育成指導の振り返り面接の内容について書きました。

普段生活する上で「そろそろ限界かも」とか、「むしゃくしゃする」と思ったときはすでに遅く、自分がそうなってしまうパターンを(スリップしそうになるきっかけを)あらかじめ知っておくことで、そうならないように努めていこうという内容です。

以前のブログで、約18年間依存し続けた睡眠薬の減薬を医務に申し出たと書きました。
私は昔から睡眠に対してかなり貪欲で、妨害されるととてもイライラしてしまいます。それは現在でも変わらず、就寝時は耳栓をして寝ています。
ひとりっ子で幼いころから自分の部屋を与えられ、睡眠を邪魔をされるということがなかった影響が強いのではないかと思っています。

立川拘置所で減薬した結果、物音で目が覚めたりなかなか寝付けなかったり、はじめのころはそれが本当に嫌で嫌で仕方がありませんでした。

人間は習慣の動物です。慣れてしまえば難しいこができるようになるし、逆にできることができなくなってしまう場合もあります。

『良く変わるのが鍛錬、悪くなるのが麻痺である』、とある本の一文です。

はじめのうちは、睡眠の浅さや物音で目が覚めてしまうのが嫌で嫌で仕方がなかったけれど、それを続けていくと「こういうものなのかも…」と考えられるようになってくるから不思議です。

この調子でもう少し減薬してみよう!そしてこの受刑生活中に絶対に断薬してやる!医務にもう少し減薬したい旨を申し出ます。

↓は2016/4/21の矯正指導日のノートです。この日は作文が課題だったようで、私はこのように書いています。抜粋していきます。

私の眠りは本来こういうものなんだと思うことにした。19年前の眠りを(睡眠薬を飲んでいないころの眠りを)すっかり忘れている。睡眠に対して完璧を求めすぎていたんじゃないか?

薬をやめる(減らす)→眠れない→イライラ・不満→やめられないという悪循環。

この受刑をきっかけに薬をやめて健全な身体になってから夫のもとへ帰る、それが散々薬で迷惑をかけた夫への償いになると信じている。しらふで生活し、薬を飲んでいたときに気付けなかった“もの”をいっぱい感じて、マイナススタートだけどこれからは自分の欲望のために生きるのではなく、夫のために頑張っていこうと思っています。

とても前向きな考え方になっていますよね。今の自分が読んでも「あの頃にここまで考えていたなんて超がんばったね!すごい!」と思います。(笑)

私は、依存症になる前の自分を取り戻したいとずっと考えていました。

母に暴力をふるったり、夫を金ヅル扱いしたり、嘘をついたり人をだましたり……
それは薬のせいでそうなっていただけで、本来の私はそんな人間ではないと思っていたのです。

高校時代からの友人男性にこのブログを始めたことを伝え、厳しくても構わないので感想や忌憚のない意見を聞かせてほしいとお願いしました。

彼は私が援助交際をしていたことや自殺未遂をしたことを知りません。彼の知らない私がブログに山ほど書いてあるわけです。私の見てはいけない過去を見ているようで、複雑な気持ちだと言いました。
彼とはたまに任天堂switchのスプラトゥーンというゲームを一緒にプレイしたりするのですが、何の気なしに会話した内容が忘れられません。

「睡眠薬を飲んでいたころの自分があまりにもクソな人間すぎて、本来の自分がどうだったのか分からなくなってるんだよね」と言うと、

「それも本来の自分なんじゃね?酒飲んで人が変わるっていうのも同じで、それがそいつの本性だったりするわけじゃん?」とサラッと言ったのです。

このとき自分の考え方が覆されたというか、なるほど!!!!と思ったのです。

嘘をついて人を騙して、母に暴力をふるって夫を金ヅルだと思った自分も、認めたくないけれど“本来の自分”なんだということを理解できたのです。

自分はいい人間でありたい、それは誰もが思うことです。
どす黒い感情が渦巻いたとき、こんな考え方をするなんて……こんなこと思うなんて……って自己嫌悪に陥りますよね。

最近の私は“本来の自分”に気付くことができてラッキー♪くらいの気持ちで毎日を過ごしています。

他人に「わたしは酷い人間だから!」とあえてふれ回る必要はありませんが、そのくらいの心持ちで生活していたほうが私は気が楽です。

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

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