Column

続く下痢と腹痛、そしていよいよ刑務所へ

累犯

前回のブログでは、何のために依存しているモノをやめるのか?その最終的な答えは、自分の生き方を見つけ続けることではないか、ということを書きました。

工場での作業は順調で、他の受刑者が作った紙袋の修正を任されるようになります。

以前のブログで、通役に配役されてから下痢と腹痛に悩まされるようになったと書きましたが、それが工場に配役になってからいっそう酷くなりました。

私はもともと快便な方で、便秘になったことがありません。
小さいころから牛乳などの乳製品を飲むとすぐにお腹を壊していました。そのころのイメージが強いので今でも牛乳は一切飲みません。

拘置所や刑務所では栄養バランスが考えられた食事が出されます。受刑者の作業量によって炭水化物の量は増えますが、おかずは一緒です。(宗教上の理由やアレルギーがある場合は少し違う食事が出されます)

朝の願いごとで体調不良を訴えると、医務から中年の女性がやってきて症状を聞かれます。(受刑者が手紙を出したり願箋を提出する時間を願いごとや申し出と呼びます)
みんなと同じものを食べているのに、どうしてこんなことになるんだろうと本気で悩みました。それを医務の女性に訴えます。

少し話はそれますが拘置所や刑務所では、作業をしたくないがために嘘をついて体調が悪いフリをする受刑者がいます。そのような受刑者がいるお陰で、私のように本当に体調が悪い受刑者まで同じような目で見られるのは、本当に嫌でした。

医務からフェロベリンやミロピンを(現在はロペラミド)、スルピリド、コロネルという薬が処方されていましたが、あまり効果はありませんでした。

私が嘘をついて腹痛や下痢を訴えているのではない、ということが拘置所側に理解してもらえたようで、医務室でやっと医師の診察、触診、採血、検便の検査をすることになりました。

トイレがある場所では痛くなることは少なく、トイレに行けない状態のときに痛くなる。

例えば運動の直前や運動中です。運動場にトイレが無いので、無いと思うと腹痛が起きます。出房の直前にも痛くなったりします。

診察と検査があったのは5月10日でした。
検便や血液検査の結果はいつ出るんだろう、早く身体の不調の原因を知りたい。そう思っていたのですが、結局検査結果を聞くことはできませんでした。

5月13日㈮の朝に、今日は作業に出なくていいので荷物をまとめなさいと言われます。

いよいよ刑務所へ移送されるときがやってきたのです。

工場の先生に、トイレなんか絶対寄れないからおむつして行ってもらうと言われます。マジか……この年齢になっておむつを穿くのか……。

拘置所に来るときに持っていた荷物や貴重品を調べて間違っていないか確認し、刑務所へ持っていく荷物をまとめます。

私のブログをずっと読んでくださる皆さんは分かると思いますが、このときに母の革のコートを見てものすごい怒りが湧き上がります。

この革のコートを、私のコートだと思って送ってくる夫。

この一件で夫の私への無関心が露呈しました。だって私を普段から見ていれば、このコートが私の好みじゃないこと、サイズも違うことは分かるはずです。

私のコートじゃないことに気付かない夫、私が普段どんな服を着ているか、私に全く無関心な夫にものすごい怒りが湧き出てきます。

こういう所には全く無関心なくせに、手紙で説教ばかりってどういうこと?

偉そうに説教するならせめて「わたしのこと」を把握してからにしてほしいし、私に興味が無いからこういう無神経なことができるんだ。本当最悪。

私からとんでもないネグレクトを受けていたころから、母がしょっちゅう着ていたお気に入りの革のコート。「このコートはいいやつで高かったから、あんたが大人になったらあげるわよ」、小さいころにそう言われたことまで思い出す。

刑務官が「このコートは持っていく?」と聞いてきます。

即答します。「捨ててください」

あんなコート見たくもない。私を捨てた母親のコートなんて着るわけない。

そんなドロドロした感情が渦巻く中、刑務所へと移送されることになります。

立川拘置所で4102番として過ごした10ヶ月は、ここで終わりです。

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

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