前回のブログでは就寝後に叫ぶ人がいて、こんなところに二度と戻るもんかと改めて決意したことを書きました。
翌日は医務の診察や大浴場での入浴、分類面接がありました。
大浴場はとても広く、一度に50人は入ることができます。立川のお風呂はユニットバスで他の受刑者を気にせず入浴も着替えもできましたが、栃木ではそうはいきません。入浴のルールも立川より栃木の方が断然厳しかったです。
分類面接ではこれからの生活で不安に思っていること、どんな作業に就きたいか、ヘルパーの資格を取ることができればという話をしました。
入所から2日目、自分の居室で初作業が始まります。ひたすら紙をちぎって限界まで細かくするという作業でした。楽な作業だねと思う方がいらっしゃると思いますが、これが今までやってきた作業で一番きつかったです。
ピンクや白の紙を渡されて細かくしていくのですが、ちぎった紙がどのような用途に使われるか分からないままとにかくちぎります。切手の1/4くらの大きさで提出すると大きいと言われ、つまようじの持つ部分くらい細かくします。
単純な作業は時間が経つのがとても遅く感じます。あまりにも単調で目的の分からない作業をするのは、精神的にきつかったです。
結局ちぎった紙が何に使われたか分かりませんが、一つのことを続けられるか一種のテストも兼ねた作業だったと思っています。
翌日に訓練工場へ出業します。この訓練工場で2週間過ごしたあと、自分が正式に就業する工場が決定します。
同時に6人雑居へ転房となり、立川の工場で一緒だった累犯と同じ居室になります。
訓練工場では裁縫をやりました。縫い物なんて小学校の家庭科の授業以来です。波縫いとか返し縫い、懐かしいなと思いながらコースターを縫います。
工場へ出業すると昼食は大食堂で食べるようになります。
この大食堂、何百人収容できるか……500人は入れる食堂だと思います。あまりの人数に驚きました。
本格的な共同生活が始まるわけですが、同房の受刑者の行動や言動に衝撃を受けることが増えます。
物品を購入する際、マークシートに記入して提出します。石鹸やシャンプー、切手や便箋の日用品は1ヶ月に1回しか購入できないので、自分の所持金や物品の無くなり具合を考えながら購入します。
50代で飲酒関係で服役中の累犯がいました。飲酒運転で何度も逮捕されているようで、本人はアルコール依存症ということに薄々気付いているものの、治療までは進んでいません。
とてもうるさいおばさんで、こっちが勉強していても構わず喋り散らかすような人でした。
購入する物品を選んでいると、「依存さんは○○買うの?私も買おうっと」とか「依存さんこれ買った方がいいと思う?」と聞いてきます。
彼女は累犯で私より刑務所のことは詳しいはずだし、自分のことは自分で決めて行動すればいいのに、他人の意見に簡単に左右されてしまうことに衝撃を受けました。
70代のおばあちゃん、罪名は私と同じく窃盗で累犯です。人あたりがいいおばあちゃんでしたが、とある先生が居室に顔を出した際に「先生お久しぶりです!○○刑務所以来ですね!」と話し始めます。
私は刑務官ではないので何とも言えませんが、刑務所でお久しぶりですなんて言われたくないでしょうし、過去に送り出した受刑者全員の顔を覚えていられるほど暇じゃないと思います。
就寝後に叫ぶ人がいる。
相手を思いやることより自分の行動が優先で、他人の意見に左右されすぎる人がいる。
刑務官に堂々と「お久しぶりです!」と言えるおかしな感性の人がいる。
栃木に来てまだ4日しか経っていません。
もう何度も同じことをブログに書いていますし、これからも書くことになりますが、本当にヤバいところに来ちゃった……、そう思いました。
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。