前回のブログでは、20年間向精神薬のODを続けた、私の身体に起きている後遺症を書きました。
つい先日、依存症者のご家族のお話を聞く機会がありました。お話を聞いていてとても胸が痛みました。その理由は、依存症者がご家族にしている仕打ちを、私も母にしていたからです。
「お前のせいでこうなったんだ!」
「お前なんか死ね!」
「なんで私を産んだんだよ!」
私も母にこのような暴言を吐いたことがあります。暴力を振るったこともあります。
上記のような言葉を言い放ってしまうのは、依存症という病気だからです。ですが病気だからといって、家族を傷付けていい理由にはなりません。
依存症者にもご家族にも、どうか前を向いて少しずつでいいから回復に向かってほしい。そのために私にできることをやっていく、そう強く思いました。
今日は依存症という病気について、改めて書いていきます。
依存症という「言葉」は世間に認知されてきたと思いますが、実際の症状がまだ認知されていないのが現実かなと思います。
依存症は「物質依存」と「プロセス(行為)依存」、「人間関係の依存」に分けられます。
以下の図を参考にしていきます。
私が依存しているものは違法薬物・処方薬・窃盗・ギャンブル・買い物・自傷ですが、ここに両親や夫との関係を加えると見事に3つの円が重なります。
私のようにクロスしている依存症者は実際たくさんいて、例えば窃盗と摂食障害、薬物と放火、アルコールとギャンブル、アルコールとストーカーなど、それで刑務所に服役する人は多いです。
私の子どもは摂食障害だけだから……、アルコールだけだから……、と思っていたら、実は他にも併発している、ということが多いのが依存症という病気です。
どうなってしまったら依存症なの?
依存症の定義について悩まれる方がいらっしゃると思いますが、ご家族の生活に支障が出た時点で立派な依存症です。
嘘をついて依存行動をするようになる
依存行動のせいで職場に(学校に)遅刻する・欠席する
依存症者の尻拭いを家族がするようになる
上記のようなことが起こればもう深刻な状態だと思います。
依存症には残念ながら特効薬がありません。完治もしません。
だから依存症者本人も、ご家族も焦るのです。
一日も早くこの状態から脱出したいから、ご家族はどうにかして依存症者をコントロールしようとします。
大切な人が依存行動をすれば、止めたり怒ったりするのは当然です。どうすればいいんだと答えを早く求めようとしますが、今日の明日で治るような病気ではないのです。
一日も早くこの状態から脱出したいから、依存症者は何とかして依存行動をやめようと思います。でもできないんです。やめられないんです。本当はやめたいんです。家族に叱責されます。それによって自分を責め、時には自殺まで考えたりします。
私は18歳から依存症を発症し、今年41歳になります。(2020年時点)
刑務所へ行くことで自分が依存症だと認識し、回復が始まったのは3年前です。
発症から回復まで20年。20年です。
近道や抜け道なんてありません。
ただ、このブログを読んでくださる方には、私の回復方法を知ってもらうことができます。私の両親や夫がどういう行動をとってきたのか、知ってもらうことができます。
そうすることで皆さんが回復へ向かうお手伝いができると、私は確信しています。
最後に厚生労働省の依存症啓発漫画“だらしない夫じゃなくて依存症でした”をご紹介します。
依存症者にも依存症者のご家族にも分かりやすい内容になっていますので、ぜひ一度読んでいただければと思います。
https://www.mhlw.go.jp/izonshou/izonsho_manga_v01.html
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。
