前回のブログでは、依存症者のご家族のお話を聞く機会があったこと、昔の自分も同じように家族に暴言を吐いていたことを書きました。
洗濯工場に配役された私は6人雑居で生活します。他の受刑者は親切で、初受刑の私に生活のルールなどを教えてくれました。
洗濯工場はやることと覚えることが山ほどあります。洗濯物の干し方やハンガーの向き、たたみ方は細かく決まっています。覚えるまでかなり時間がかかりそうでした。
栃木刑務所の運動は立川拘置所と違って、広い運動場で遊具を使うことが可能になりました。
雨の日は講堂(体育館のような場所)で運動できます。バスケットボールやバレーボール、フラフープに縄跳び、バトミントンのラケットとシャトルが置かれ、自由に使って身体を動かせます。
運動場に最大で3つの工場が同時に運動に出ることがありますが、他の工場の人と喋ることはできません。
高齢化は刑務所の中も同じで、10ある工場のうち4つが高齢者が多く受刑する工場だったと記憶しています。1人で歩くのが難しい受刑者には、歩行補助車が与えられていました。
立川拘置所で一緒だった受刑者をちらほら見かけます。その中に以前ブログに書いたKさんの姿がありました。人生の半分を刑務所で過ごしている女性です。
他の工場なので会話はできませんでしたが、彼女の姿を見て複雑な思いになったのをとても良く覚えています。
立川拘置所で話をしたときよりも、とても輝いて生き生きしているように見えたからです。
運動の時間は他の居室の受刑者と楽しく会話ができる唯一の時間です。気の合う人と笑い合える時間なのは間違いないのですが……。
どんな人にも、輝いて見えるときがあると思います。
仕事を頑張っているとき、何かに挑戦しているとき、目標に向かっているとき、スポーツをしているとき、夢中になっているとき。多くの場合前向きな状況や何かに取り組んでいるときに輝いて見えると思うのですが、Kさんが刑務所という場所で輝いていることに、とても違和感を感じてしまったのです。
彼女にとって刑務所が居心地の良い場所になっているのかも知れない……。そう考えるとなんだかとても悲しくなってしまったのです。
Kさんが“人生の半分を刑務所で過ごしている”と知っている私の色眼鏡かも知れません。
ベンチに浅く腰掛け大きく足を組み、両手を背もたれに乗せ、作業着の襟を立てて満面の笑みで会話するKさんの姿を、今でも鮮明に思い出すことができます。
私の受刑生活の中で、Kさんの存在がとても大きかったのだと感じます。
人生の半分を刑務所で生活するなんて、私は絶対に嫌だ。そうなりたくない、そうならないように自分を見つめていこう。
そう考えていたから、今の私が存在するのですから。
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。