前回のブログでは内掃工場に転業したことと、内掃工場の作業内容について書きました。
内掃工場に(以下内掃)転業したのは2016年6月9日ですが、翌日には矯正指導日と運動会がありました。
立川拘置所では矯正指導日と呼んでいた月2回の勉強の日ですが、栃木刑務所ではSAと呼び名が変わります。(SAとはself advancementの略で、直訳すると自己進歩です。)
矯正指導日では毎回テーマがあり、それについて自分の考えを書くというものでしたが、SAはこれといったテーマはありませんでした。
栃木では自分で問題提起をして自分で解決策を考える、自分で答えを出すというような自主性が高めな指導日だったかなと思います。なのでSAは更生意欲がない人はとことん何もやりません。ずっとぼーっとしている人もいます。
例えるなら、依存症のグループミーティングに参加する“だけ”では本人に何の変化も起こりませんよね。自らが変わろう!と意識して行動を起こさないと、なあなあで参加するようでは当然変化は起こりません。
SAは無気力な人は何も得ることが無かったであろう教育だったと、私は思っています。
運動会は工場対抗で玉入れやリレーをやりました。洗濯、炊場、衛生、内掃は経理工場として出場です。受刑者以上に笑ったり大きな声を出したりエキサイトしている先生がいらっしゃったのも面白かったです。(笑)
普段先生方は笑うことは絶対にないので、その姿を見て新鮮に感じたというか、先生も人なんだよなぁと思ったりしました。
刑務所では大きな声を出したり歌を歌うことはできませんが、年1回の運動会だけはそれが可能です。運動会のために応援歌の振り付けをしたり歌の練習をします。
他の受刑者を見るととても楽しそうでした。
転業直後なので同じ内掃の受刑者と仲良く話すということはなかったのですが、運動会の日だけは一致団結して皆で優勝を勝ち取ろう!という雰囲気になるので、運動会初体験の私でも楽しめたのをよく覚えています。
今日は栃木の話はこのくらいにして、「自己効力感」について書いていきます。皆さんはこの自己効力感をご存知でしょうか?自己肯定感とはまた違います。
自己効力感とは:(ウィキペディア参照)
自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できると、自分の可能性を認知していること。自己効力感が強いほど実際にその行動を遂行できる傾向にある。自己効力感を通して人は自分の考えや感情、行為をコントロールしている。
なんだか難しく書いてありますが、簡単に言うと、何かが自分にできると思ったりできないと思ったりする感覚のことです。この自己効力感が低いと自分で自分を攻撃する傾向が高まるそうです。自殺や自傷にも繋がります。
依存行動をすることによって一時的に自己効力感が上がりますが、本当の自己効力感はますます低くなります。
依存行動で何かを乗り切ったということは、単に問題を避けたか投げ出しただけですから。
私は自身の経験から、依存行動とは自傷行為の一種だと思っています。
アルコールや薬物、処方薬のODや摂食障害などは自身の健康を脅かします。身体に悪いと分かっていながら止められない自傷です。
クレプトマニアやギャンブル依存症、性依存や買い物依存症で言えば資産や信用を無くしますが、それが分かっていても止められない自傷です。
依存症の回復には自己肯定感と自己効力感の底上げが必要です。
簡単に言ってくれるけどどうやって上げるの!?と思う方が多いと思います。私自身の経験からお伝え出来ることは、“人は信念を持って生きると全くブレない”し、依存行動に走ることもないということです。
私は今現在、どんな誹謗中傷にも耐えられる自信があります。
他人が自分のことをどう思っていようと、嫌われようと、それは私が成し遂げようとすることには何ら影響しないことに気付いたからです。
私は信念を持ってこのブログを書いています。
その信念に対して石を投げたり、非難する人の意見を聞いている暇など私にはないのです。(批判にはしっかり耳を傾けます。)
人生の目標を見つけて実際に行動に移してから、人に嫌われることが怖くなくなりました。
意見の合わない人と無理に付き合う必要はありませんし、自分の考えを理解してもらう必要もないのです。
このブログを読んでくださる皆さんにも、どうか信念を持って、人生を生きてほしいと思います。
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。