Column

刑務所で気付いた植物のたくましさ

コラム

前回のブログでは内掃工場の作業内容と、刑務所は窪んだ土地に建っているので、中から見ると塀がとても高いことを書きました。

今の私には趣味がいくつかあり、そのうちの一つに盆栽があります。そして多少の無理をしても、玄関には必ず生花を飾るようにしています。盆栽は出所後から細々と続けていて、生花を飾るようになったのは去年の秋からです。

今現在私がスリップすることなく日々前向きに過ごすことができているのは、盆栽や植物のおかげでもあります。今日はその理由を書いていきます。

私は元々植物にあまり興味がありませんでした。夜の仕事をしているときは、毎年誕生日にたくさんのバラや胡蝶蘭をいただきました。そのお花をすべて自宅に持って帰りますが、どれも数日で見事に枯らすほどでした。

特に依存行動が激しかった15年前から栃木刑務所に服役するまでは、植物とは無縁の生活を送ります。

内掃工場に配役されてから、植物のお世話が仕事になります。
栃木刑務所にはたくさんの花や植物が植えられています。種や球根を植え、お水をあげたり剪定をするのは内掃工場の作業です。

このブログを読んでくださる方の中には元受刑者もいると思いますが、ほとんどの方が刑務所とは無縁の生活を送っているでしょう。

普通の人には、刑務所の生活は全く想像できないと思います。

何も変化のない日々
楽しみのない毎日
好きな時間に好きなことができない

刑務所では上記のことが当たり前です。
自分が罪を犯して刑務所へ来たのです。当然の報いです。

私は立川拘置所から必死に依存症の勉強をし、二度とこんな所へ戻ってくるもんかと心に誓い、ひたすら夫に依存症という病気を伝え続けてきました。何度も何度も信田さよ子さんの本の抜粋をし、自分が依存症で治療が必要なことを訴えてきました。

向精神薬の大量服用で記憶がなく、「覚えていないから私がどんなことをしたか教えてほしい、本当にごめんなさい」と手紙に書くと、

夫からは「覚えてないと言えば済むと思っているのか」という同じ返信が毎回続きます。

夫との手紙のやり取りに、私は疲弊していました。
私は前向きに出所後の依存症の治療を提案しているのに、夫はいつまでも“昔の私を責め続けて”いたからです。

このままじゃ埒が明かない。お互いが向いている方向が違いすぎる……。

私は諦めが悪い方なので、自分の想いはいつか必ず夫に伝わると信じていました。ですが栃木刑務所に入所したころ、その想いは折れかかっていました。

夫はこのまま永遠に、依存症を理解してくれないかも知れない……。

理解しようという気のない夫に、何度も何度も依存症の本の内容を抜粋している自分がバカらしくなりました。

今までの人生でこんなに真剣に自分を見つめた事なんてないのに、これからのことを考えて依存症を治療したいって言ってるのに、こんなに手紙を書いても伝わらないんじゃ、伝えることを諦めた方がラクかもね。

そんなふうに投げやりな気持ちになっているころ、植物のお世話を内掃工場で始めるようになります。

食堂への通路横に、ヒマワリの種を植えました。
あっという間に芽が出て、どんどん背丈が大きくなります。

「あれ……?私が今悩んでいることって、もしかしたらとても小さなことなのかも知れない」

土に触れ、種を植え、水をあげ、成長する植物を毎日観察していたら、自分が悩んでいることは“私の長い人生のほんの一部”だということに気付いたのです。

刑務所という毎日の変化がない閉ざされた場所だからこそ、植物の力強さを大きく感じられたのだと思います。

出所しても植物を育てることを続けよう。
そうすれば自分の悩みが小さく感じられるはず!

依存行動に走っていたころは全く目に入ってこなかった植物。
今日はその植物に栃木刑務所で出会って、助けられたというお話です。

私はこれからも土いじり、植物を育て生花を飾ること、盆栽を続けていきます。

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

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