前回のブログでは、依存症子が一対一でお話を聞きますということと、アメブロを始めて半年が経過して感じたことを書きました。
今後も皆さんのお話を聞くことは続けていきたいと思っています。いつでも構いませんので、コメント欄からお知らせください。
内掃工場は基本5人で、日によっては他の工場の受刑者がお手伝いに来ることがあります。
5人の内訳は日本人2人、アメリカ人1人、中国人1人、フィリピン人1人です。
内掃工場に転業してから中国人と同じ居室になりましたが、とても日本語が上手な方でした。
お花や植物に詳しくて、バラの剪定方法や植え方、球根の見分け方、腐葉土の作り方などを丁寧に教えてくれました。
彼女から担当の先生がとても優しい先生だという話を聞きます。
刑務所のそれぞれの工場には担当の職員がおり、女子刑務所では「先生」、刑務所では「おやじ」などと呼ばれているようです。
刑務所に行ったことがない方には全く分からないと思いますので、学校の担任の先生をイメージしてください。
担当にも良し悪しがあるようで、どこの工場の先生は性格が悪いとか、厳しいとか、そういう話は立川拘置所のころから他の受刑者に聞いていました。
これは内掃工場で作業をしているから見えてきたことですが、職員も入省や年齢が近いもの同士が仲良く話をすることが多いです。
内掃工場の先生は、先輩からも後輩からもとても慕われているように見えました。他の先生から好かれている先生は、受刑者からも好かれていたように思います。
刑務作業中は基本的に講談禁止ですが、洗濯工場や炊場、内掃工場は動き回る作業なのでそうはいきません。
特に内掃では「○○の掃除は終わっているので○○の方をお願いします」ということが頻繁に起きるので、会話をしなければ作業になりません。
他の工場では「講談お願いします」と申し出てから会話をします。
もちろん内掃工場も例外ではないのですが、講談に関しては少し緩かったように思います。
内掃担当の先生とは色々な話をさせていただきました。私はこの先生が担当で、本当に本当に良かったと思っています。
そう思ったエピソードはいくつもあるのですが、今後のブログにも少しずつ書いていければと思います。
私が1人で面会室の手前にあるバラの剪定をしていたときのお話です。
「経理工場の受刑者はとても仕事ができますね、何で刑務所に来てしまったんだろうって不思議になるくらいです」と私が先生に話しかけました。
「本当にみんな頑張ってくれているよね、こっちも(刑務所側も)助かってるんだよ。」
刑務所も高齢化がどんどん進んでいます。刑務官の指示通りに動けて、体力仕事のできる受刑者がとても少なくなっています。
そのあと、先生はぽつんとこう言いました。
「その頑張りを、外に出たら忘れちゃう人が多いんだけどね……」
この言葉を聞いたとき、先生の葛藤が見えたような気がしました。
先生たちは日々、受刑者の更生を願って職務に当たっていると思います。
受刑者たちが一生懸命努力する姿を、自分の目で見ています。二度とここに戻らないように、心からそう願っていると思うのです。
だけど現実は……。以前送り出した受刑者に刑務所でまた再会する。
現実と戦っているのは私たち受刑者だけでなく、先生もなんだ。
そんなふうに思ってすぐに言葉が出てこなかったのを、とても良く覚えています。
私はこの先生にとてもお世話になりました。
先生と二度と会わないことが先生への最大の恩返しだと、出所後からしばらくはそう思っていました。
私の人生目標は“法務省で(女子刑務所で)受刑者に向けて講話をすること”ですが、目標に到達したときに、もしかしたら先生とお会いできるんじゃないか……。
もしお会いできたら、心からの感謝の意を伝えたい。
最近の依存症子は、そんなことを考えています。
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。