前回のブログでは、受け身や待ちの姿勢でいても何も前に進まないということを書きました。
今日は“支える”ことについて書いていきます。
支えてあげてくださいね!と言われても、具体的に何をどうすることが本人のためになるのか?分からなかったり考え込んでしまう人が多いのではないかと思います。
私自身、夫に支えられ刑務所を出所し現在に至ります。
夫が依存症子をどうやって支えてきたのか?順を追って分かりやすく書いていきたいと思います。
立川拘置所 前期 (第一段階)
・面会には一切来ない
・私が過去にやってきたことへの不満、怒りをぶつける
・手紙を書くと3回に1回は返信があるも、頑張れなどの励ましの言葉は一切なし
・現金1万円の差入れが2ヶ月~3ヶ月に1回
立川拘置所 後期 (第二段階)
・面会には一切来ない
・やってきたことに対してしっかり考えろと突き放す
・手紙は月に1回届けば良い方、やはり励ましの言葉はなし
・現金の差入れは前期と同様
栃木刑務所 前期 (第三段階)
・面会には一切来ない
・依存症について受け入れる姿勢がない(病気だと認めてくれない)
・手紙は月に1回、励ましの言葉は無いが私の言葉を少し受け入れてくれるようになる
・現金の差入れは立川と同様
栃木刑務所 後期 (第四段階)
・面会には一切来ない
・依存症を言い訳にして逃げるな、立ち向かえ
・俺はどんどん先に進む、手は差し伸べるがその手を掴むかどうかは症子次第だと明言する
・現金の差入れは前期と同様
四段階に分けましたが、一貫しているのが「面会に来ない」と「差入れ金額が一定」ということです。
受刑中の依存症子は、夫へ面会のお願いを何度もしました。
「手紙では依存症のことがちゃんと伝わりません。私は依存症を言い訳にして逃げているのではありません。この病気を真剣に治したいと思っている、だから会って話を聞いてください!」
夫の答えは毎回同じです。
「俺は症子が作った借金を返すことと、仕事が忙しく面会に行っている暇はありません。そして今後も面会に行くつもりは全くありません。どうして俺がわざわざ会いに行かなくてはならないのですか?自分がやったことを考えてみてください。」
どうして俺がわざわざ会いに行かなくてはならないのですか?って、厳しいですよね……。
受刑者にとって手紙とは、とても楽しみだし嬉しいものなんです。どんなことが書いてあるだろう?って期待しながら読むんです。
そこに書いてある厳しい言葉の数々。私は泣きながら夫からの手紙を読みました。
こうしてブログを書いていて、そのころのことを思い出しても、本当に夫は厳しかったなと思います。
その厳しさが私を強くしました。今の私がこうしてブログを書けているのは、夫が厳しく接してくれたお陰なのです。
面会や差入れが頻繁な受刑者ほど反省をしていないというブログを以前書きました。
反省をしていない受刑者は、「誰かが自分の出所を待っていてくれる」という安心感から、自ら考えるということをやめてしまったり、流されてしまったり、現実逃避をします。
自分にとって甘えられる人が存在するから、現実逃避ができるのです。責任転嫁ができるのです。
反省しなくても受け入れてくれる人がいる。更生しなくてもとりあえず帰る場所がある。そういう甘い考えでいると、出所しても累犯になる確率はとても高いでしょう。
中には家族、友人、誰からも見放され人生投げやりになっている受刑者もいますが、そういう人のことはちょっと横に置いておきます。
更生の方法や回復の仕方は人によって違います。
私の場合は夫が厳しくしてくれたことで、自分で問題提起をすることができ、どうすれば人生の問題を(壁を)乗り越えることが出来るかを、自ら考えられるようになりました。
夫の厳しさは、“現在の私”にとっては大変ありがたい厳しさだったということになります。
ですがあの頃の私は「こんなに頑張っているのに少しぐらい応援してくれたっていいのに……」とか、「なんでそんなに厳しいこと言うの?もう嫌だ!」と投げ出しそうになったのも事実です。
ではなぜ投げ出さずに夫の厳しさと向き合うことができたのか?
その答えはもう何度も書いていますが、「二度と刑務所に戻りたくない」、「累犯になりたくない」と強く思ったからです。
刑務所でたくさんの人を見てきました。この人みたいな人生は送りたくない!そう思うような人がたくさんいたのです。
だから私は「この辛い思いや経験は絶対に今後の人生の役に立つ」、そう信じて受刑生活を送りました。夫の厳しさも、必ず今後の私のためになる。そう信じたのです。
今では夫も「厳しく接したことは一種の賭けだった」という話をしてくれます。
厳しくすることで私が自暴自棄になり、さらに悪い方向へ行くかもしれない。そう考えたこともあったようです。
夫はそうなることを恐れず、そうなったらそうなったで「俺と症子は歩む方向が違う」と割り切り、症子は症子の人生を歩んでくださいと、切り捨てることができると考えたようです。
切り捨てるって酷くない……?そう思う方もいらっしゃるかも知れませんが、「自分が誠意をもって真摯に対応してもそれに応えてくれないのなら、これから共に人生を歩んでいくことはできないよね」
ごくごくシンプルなことだと思います。
支え方について、例え話として適切ではないかも知れませんが、小学生に高校生の勉強は理解できませんよね。
同じように、高校生に社会人としてのマナーや常識を理解しろと言っても、経験が無いから理解することはできませんよね。
依存症者や受刑者への支え方はこれと似ていると思っていて、その人のレベルに合わせた支え方が必要だということなんです。
私の具体例を挙げます。
私は一つのことを続けられず、すぐに投げ出す人生を歩んできた。
これに対しての夫のアドバイスは、少しずつ続けられるようにしてみればいい、完璧主義は良くないよ、と。私が完璧主義で、その完璧主義が崩れたときに投げ出してしまうことを夫は分かっていたのです。
そこで夫は必要以上の手助けをせず、辛抱強く見守り、私がゆっくりでも目標に向かって進めるようになるのを待っていてくれたのです。
他の具体例を挙げます。
自分が依存症だと気付いていない人に、「あなたは依存症だからグループミーティングに行った方がいいですよ」とアドバイスします。
ですが本人が依存症だと認めていなければ(理解していなければ)、そのアドバイスは小学生に高校生が勉強を教えているくらい訳の分からないものになってしまうのです。
上記のような場合は、本人が借金で首が回らなくなるとか、警察に逮捕されるとか、離婚されるとか、家族から見放されたときに初めて「あれ?自分ってなんでこうなっちゃったんだろう」と気付くのです。
それがいわゆる“底つき”です。
それに気付かないと家族が何を言っても、他人が無理矢理グループミーティングの場に連れ出しても、“自ら何かをどうにかをしたい”とは絶対に思わないでしょう。
無理矢理支援の場に連れ出すことも回復のきっかけの一つではありますが、本人が自分を理解するということが一番大切です。
支える側の人は、受刑者や依存症者がどんな人であるか分析する必要があると思います。これも簡単に例えていきます。
・褒めると天狗になってそれ以上進歩しないような人なら、褒めないようにする。
・褒めることで伸びるならとことん褒める
・貶すことで「なにくそ!やってやるぜ!」と思う人なら適度に貶す
・調子に乗っているようなら少し脅す
↑これは夫に「今後症子が変わらなければ離婚します」ときっぱり言われましたので、ご参考までに。
甘やかすことと支えることは、全く別です。
依存症者や受刑者は十人十色。色々な支え方があるでしょう。
あなたの大切な人がどんなタイプなのか見極めて、支えて頂きたいと思います。
このブログがそのヒントになれば嬉しいです。
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。