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受けとる側の問題

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前回のブログでは、受刑者の高齢化と教育について書きました。

最近はHP作成に向けて細かい作業をすることが多いです。これまでブログに書いてきたことを短くまとめたり、あらためて感じたことを言語化する作業は、思いのほか大変です。

コロナウイルスの影響で我が家の状況も大きく変化しています。
夫はテレワークで出社することはほとんどありませんが、出社せずに仕事ができてしまうのも考えものだなと最近は思います。
一緒に居る時間は増えても会話しない時間が多く、コロナ前と比べると仕事とプライベートの区切りが無くなってしまったので、会話の内容が薄くなったように感じています。

一緒に居る時間と会話量は比例しないんですよね。通勤時間が仕事とプライベートの切り替えを、上手く果たしていたのだなと思います。

私も夫もインドア派なので、コロナ禍のステイホームは特に苦にはなりません。
夫は一人の時間を過ごすことがストレス発散になる人なので、私が出かけているときに適度にガス抜きをしているそうです。

私はゲームが好きなので、最近では任天堂switchでモンスターハンターをプレイしています。
やることを全て終わらせてからゲームを開始します。いまだに好きなゲームに関しては飽きるまで(クリアまで)何時間でもプレイができてしまうので、自分でルールを決めています。

そんなある休日の出来事を書いていきます。

HP作成には夫の意見が欠かせません。そのため夫へ取材をすることが増えました。
私の依存行動が激しいころ、夫がどのように私と向き合ったのか?
夫はなぜ私と離婚せずにいられたのか?どのような想いで私を突き放したのか?

夫の意見や行動が、このブログを読んでくださる皆さんの助けになります。

刑務所へ行く直前の私の依存行動はMAXで、記憶がほとんどありません。その頃の私の様子や夫の気持ちについて、かなり突っ込んだ質問をしていきます。

夫からするとかなりキツい質問だと思います。

夫に辛い思いをさせた当事者である私が、過去のことを根掘り葉掘り質問するのです。
いくら私に記憶が無くても、「え?お前がやったことなんだけど……」と怒りがぶり返すのが普通の人間だと思います。

この取材をすることで圧倒的に嫌な思いをするのは夫ですが、私も“覚えていない過去の自分”の話を聞くことになるので、お互いに気持ちの良い作業だとは言えません。

ですが夫は協力的に取材を受けてくれます。
その理由は、この1年私の活動を傍で見ていて、「困っている人のために何かをやろうとする姿勢、他の人があまりやろうとしない事をやろうとしていることが素晴らしい」ということで取材に応じてくれています。

この日の取材は“過去の私”に対して感じていたこと、思ったことを教えてほしいというものでした。夫は繁忙期で仕事の疲れもあり、私は生理前でイライラしていました。

「あのころの症子の力になろうなんてこれっぽっちも思わなかった、早くいなくなればいいのにと思っていた」と言われました。

これに私が「ちょっと抽象的すぎるから、どんな私だと力になろうと思わないのか、具体的な例え話をして」と夫に言います。

すると夫は「一日中ダラダラして飯も作らない、掃除もしない、ゲームばっかりやってる奴の力になろうなんて思わない」と言いました。

私は依存行動が激しいころはゲームは一切やっていませんでした。ゲームより面白くてスリルがあるギャンブルに窃盗、向精神薬にどっぷり漬かっていたからです。

最近の我が家の食事は、コンビニでおかずを買ってきて白米だけ炊いて食べるというスタイルです。掃除もそこまで徹底していません。食事に関しては正直手抜きだと自分でも思っています。

それを夫が文句を言わずに受け入れているのは、出所直後の私がしっかり食事の準備や掃除をしていたのを知っているからです。今は敢えてやらないことを選択していると、分かっているからです。

私からすれば「昔と比べて手抜きで申し訳ない」という気持ちがあります。そんな私の思いが夫の言葉を勝手に変換します。

“今の私”が一日中ダラダラして、ご飯も作らなくてゲームやってることが面白くないの?と。

夫は私が「具体的に例えて」と言ったことに対して答えたのであって、現在の私がそうだなんて一言も言ってないんですよね。

このあと私は夫に盛大に突っかかりました。「今の私に当てつけで言ってんの?」と。

 

今日のタイトル回収ですが、受けとる側がひねくれているとこういう思考に陥りがちです。

夫の言葉を素直に受け入れる心の余裕が、あのときの私にはなかったんですよね。そして依存症者に、こういう考え方の癖を持つ人が多いように感じます。

忙しいときはそんな受けとり方をしている暇がないというか、いちいち気にしません。
ですが私は体調が思わしくないときや、ふと暇になったとき、失敗したときに、こういうひねくれた考えに陥りがちです。

自己肯定感が低いときに自尊心も一緒に低くなってくれるかというと、そんなことはないんですよね。

癖は誰にでもあるものだと思いますが、その癖が良い方へいくのが鍛錬、悪くなるのが麻痺だと、ある本で読んだことがあります。なるほどなと思いました。

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

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