前回のブログでは、受け取る側の心理状態によって言葉の意味が変わってしまうということを書きました。
昨年の秋に依存症者の家族会に参加したあと、ずっと考えていたことがありました。いわゆるモヤモヤするというヤツです。
それをなかなか言葉に出来ずにいたのですが、ホームページを作成する作業をお手伝いしてくださる方と打合せを続ける中で、やっと言語化できました。今日はそのことについて書いていきます。
タイトルの依存症者を支える“もの”ですが、一つは「物」、もう一つは「者」です。
私が依存している「物」はプロセスも含め、違法薬物・処方薬・ギャンブル・窃盗・買い物・自傷です。そしてお金や依存行動に走る手段を提供し続けた、両親と夫という「者」に依存しています。
この二つの「物」と「者」が世の中から無くなれば私の依存行動は完全に収まるわけですが、それは現実的ではないよねというブログを以前書かせていただきました。
そのブログはこちらです↓
「依存症者を支える“もの”」
「依存症者を支える“もの” #2」
「者」について書いていきます。
ギャンブル依存症の人の家に借金取りがやってきて、本人に支払い能力が無いから家族が支払ってしまう。これは依存症のご家族によくある事例です。
買い物依存症でも薬物でも摂食障害でも、これは本当にあるあるです。
依存症者はどんな手を使っても、“依存行動をするためのお金や手段”を手に入れます。そしてその尻拭いを家族や身近な人にさせます。
この尻拭いをご家族が続ける以上、依存症は絶対に回復しません。
尻拭いは借金の返済だけではありません。例えばアルコール依存症の夫の吐瀉物を妻が片付けたり、ベッドへ連れていくことも尻拭いの一つです。食事の世話に掃除や洗濯、身の回りの世話、年金や市民税を支払ったり、生活費を渡すことも尻拭いです。
私はギャンブルの借金や窃盗の被害弁済を夫にさせてしまいました。これについて取材で夫にこのように質問します。
「多額の借金が発覚しどうしていいか分からず、その場を穏便に済ませようと借金の肩代わりをしてしまう。結果的に本人の言いなりになってしまうってことだよね?」
夫がイラついたのが分かりました。どの部分にイラついたのか、違っていたら教えてと聞くと、「穏便なんて言葉で片付けないでほしい。そこにたどり着くまで全然穏便じゃないから。」と言われました。
確かに穏便という言葉は夫に対して失礼だったと思います。ですが私はこう考えます。
依存症者の家族会で私が強く感じたのは、“自分の家族が依存症だなんて世間に知られたくない”ということです。
「あのお宅の息子さんは仕事もせずに一日中家に引きこもっているわよ」、そう見られたくない、知られたくないと思っていると強く感じました。
世間に知られたくないから、借金取りが来れば「穏便」に済ませようと肩代わりしてしまう。私はご家族の話を聞いていてそう思ったのです。
ご近所にも世間様にも知られることなく、依存症を何とか治せないか?ご家族はそう願うのです。
夫はこれに反論しました。「人様に迷惑をかけた責任を家族が取るのは社会人として当たり前だ」と。それはごもっともで夫の言う通りだと思います。
私はこのブログを読んでくださる依存症者のご家族の皆さんに問いたいです。
依存症者の尻拭いをしたとき、何を思っていましたか?
世間体を気にしましたか?
とりあえずこの場を切り抜けようと思いましたか?
この人ためにとそれだけを思いましたか?
事を大きくしたくないと思いましたか?
そこに自己保身が一切なかったと言えるでしょうか。
ブログの冒頭に書いたモヤモヤはこれなんです。自分の家族なのに世間に隠したい存在になってしまうものなのか、それは実は自己保身なのではないか?
もちろんそこに至るまで、それぞれの家族に色々なことがあるのは理解しています。
私で言えば犯罪を犯して刑務所まで行ったのですから、家族から疎まれて当然、いないものとされて当然だと思っています。
やっと言語化することができたのですが、依存症者のご家族で特に団塊の世代の父親は、
“意志が弱い子どもを育てたダメな親だと世間、親戚、ご近所に思われたくない”
という気持ちが強いのではないでしょうか。プライドがあるのではないでしょうか。
だから「穏便」に家庭内で何とかしようとする。でも依存症は家庭内で抱え込んでいても一向に良くなりませんし、むしろ負の連鎖で悪化するばかりです。
依存症者のために家族が○○するということが、依存症者側からすると、「なんだ、私のためって言ってるけど結局自分の身を守りたいんじゃん。世間体を保つための保身じゃん。私のことを本気で考えているわけじゃないじゃん。」
こんなふうに捉えてしまうということです。
ご家族からすれば両方の場合もあると思います。まず自分の身を守らないと、子どもを守ることはできませんから。
ですがその意図が依存症者には伝わらず、「俺の借金の肩代わりをしたのは結局自分の保身だろ!」という解釈になってしまうのです。
依存症者はこういうことにとても敏感なのです。自分が世間から隠されたい存在なのだということに気付いたとき、家族に対して反発し、イライラをぶつけるのです。
三田佳子さんの息子さん、何度も逮捕されていますよね。
私の勝手な想像ですが、彼の母に対する反発心、困らせてやりたいというイラつきが何となく分かる気がします。
依存症者を支える「物」と「者」。
「依存症者を支える者」が世間体を気にして、依存症者を隠そうとすればするほど、負のスパイラルに陥り依存症がどんどん深刻化していく。
もちろんそうさせてしまう依存症者が一番の問題なのは言うまでもありません。
依存症は本人だけではなく、家族全体を蝕む病だと私は思っています。
※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ「依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりました」の内容を、加筆修正して再掲載したものです。