Column

耽溺(たんでき)

摂食障害

前回のブログではヨガを始めて17年弱で、やっと気付いたことがあると書きました。

どんなこともそうでしょうが、やればやるほど新たな気付きが生まれるのだろうなと思います。

茶道や書道にも、ヨガと通じるものがあるというコメントをいただきました。精神統一と自分を見つめるという部分では、共通項があると思います。

 

産業カウンセラー試験の締め切りが迫っていた……!

 

「次の試験は6月なのに、受験案内がなかなか送られて来ないなぁ……」と思っていた私。

不安になって電話で確認したところ、『産業カウンセラー協会まで募集要項を取りに来てください』とのこと。

えっ、送ってくれないんかーい!?と思いながら、昨日浦和まで取りに行ってきました。

5月10日までの消印有効……、危なかったです。気が付かなかったら今回受験が出来ないところでした。

 

試験に特化した対策

 

試験に落ちて、私はとある方の受験対策教室の申し込みをしました。

試験直前にこの方の動画を拝見させていただき、説明が非常に分かりやすいと思いました。

昨日までにzoomで4回の授業を受けましたが、するすると頭に入って来るので授業が楽しいです。

難しい言葉を使わず、簡単に例えてくれるのが私に合っていると感じます。

これは皆さんに説明をしてもピンと来ないと思うのですが、例えば、

「認知行動療法」について学ぶ前に、「認知療法」の歴史を知ることで、「認知行動療法」や「条件反射」の歴史と内容について理解が深まる、という感じです。

そこでまた、新たな気付きを得ます。

 

やっぱり落ちて良かった

 

これは負け惜しみでも何でもなく、落ちて良かったと心から思っています。昔受けたネイリスト検定2級のときと同じですね。

何故落ちて良かったと思うか?

前回落ちていなかったら、この試験対策教室に申し込むことはありませんでした。

ハッキリ言って痛い出費ですが、この対策を受けなかったら、内容をしっかり理解しないまま、カウンセラー人生を送っていたかも知れません。

対策教室での覚え方、問題の解き方にはコツがあります。

試験に出る人物や、治療法の名前を歴史と紐づけて覚えることに、重要性を感じました。

ただテキストを読むだけでは気付けなかったこと、分からなかったことに目を向けられる。これが私にとって大きなプラスになっています。

 

起きた出来事には意味がある

 

ネイリスト検定に落ちたとき、産業カウンセラー試験に落ちたとき、同じことをブログに書きました。それは、

落ちたことには必ず意味がある、ということです。

その事象が起きたときには、もちろん凹みます。凹むんですが、時間が経つと色々なことが見えてきます。

色々なことって何よ!?って話ですが、私で例えれば

・試験に落ちたころの自分は自暴自棄になっていた
・試験に落ちたころは他の合格者に嫉妬していた
・勉強をしなかったことを後悔した
・勉強方法が分からなかった

これを受刑者や依存症者のご家族に例えると?

 

依存症発覚直後や受刑を始めたばかりの頃は、依存症者や受刑者にしか目が行かないと思います。

・もうその事しか考えられない
・それを忘れるために、仕事に没頭する
・気が付けば美容院へどのくらい行っていないだろう……
・自分は幸せになってはいけない
・相手をコントロールしようとして疲弊する
・それが叶わなかったときに絶望し、無力感に苛まれる

このように思う方、感じる方がほとんどです。その割に、当事者はあっけらかんとしています。

こちらの心配などどこ吹く風、反省や行動を変えることをせず、そこに居ることが心地良い、つまり耽溺しているんですよね。

耽溺→たんでき
意味→一つのことに夢中になって、他を顧みないこと。多く不健全な遊びにおぼれること

最近のTwitterでは、依存症でもないのに、依存症界隈の居心地が良いから、そこに留まり続ける人を見掛けます。留まり続ける、すなわち耽溺です。

 

時間が経つと、支える側はこのように変化していきます

 

・この人が(この子が)こうなったのは自分のせいかな……
・自分の育て方が(接し方が)間違っていたんじゃないかな……
・これからどうすればいいのだろう……

このように少しでも先のことを考えられるようになったら、変化するチャンスです。

 

あなたの大切な人が依存症になったり、受刑者になったことには、必ず意味があります

 

この意味ですが、

・スリップせず、依存症から2年ほど回復が進んだとき
・受刑者が出所し、真面目な生活を続け、2年ほど経ったとき

この辺りに気付くのではないかと、私は感じています。これはあくまでも依存症子の肌感覚です。

もしこの時点で「たられば」を言っているようであれば、あらゆる意味で回復、更生は進んでいないと私は思います。

 

現在行動を起こせていない人ほど、たらればを語る

 

・あのとき捕まっていなかっ「たら」
・あのとき依存行動をしていなけ「れば」

こんなこと言っていても、なーんにも前に進まないし、ただ後悔しているだけですよね。

これを言い続ける元受刑者は、結構多いと思います。

言わない人は、例えば進藤さんのように、今も精力的に活動をされている方です。

刑務所へ行ったことで気付きを得たと、声を大にして言える人です。

 

私は、たらればは言いません。

依存症になったことで刑務所へ行き、多くの気付きを得て、碧の森を運営し、たくさんの方のお力になることが出来ているのですから。

依存症になる前や受刑前より、協力者や友人が増えて行くって、不思議だと思いませんか?

 

こんなに幸せなこと、ありませんよね。

 

 

妻はサバイバー、依存症と少しでも関係のある人には絶対に読んで欲しい!

 

本日は期間限定の無料記事をご紹介します。

既にTwitterでは拡散しましたが、朝日新聞記者・永田豊隆さんのルポルタージュ『妻はサバイバー』です。

朝日新聞デジタルで連載中、100万PV超の大きな反響があったようです。単行本化にあたり、4月28日㈭16時までの期間限定で全文が公開されています。

かなり長いですが、約一週間ありますので、根気よく読んでいただければと思います。

 

 

男性のお客様のネイル施術をさせていただきました

 

 

お仕事で清潔感が必須条件の方、爪先のお手入れをお忘れなく。

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

最近は多くの方からコメントをいただきます。碧の森のHPをご覧の皆さん、こちらの元記事のアメブロのコメント欄もぜひ参考になさってください。

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