Column

現実と向き合いながら生きる

処方薬依存

前回のブログからだいぶ日にちが空きました。更新をサボって申し訳ありません。

YouTubeの動画告知はしていますが、最後にブログを更新したのは1月のご挨拶です。今日のブログは最近起きた出来事を書いていきます。

 

少しずつ周知される活動

 

私は元受刑者で、満期からそろそろ8年が経過しようとしています。仮釈放から(社会復帰から)約8年半です。

進藤龍也牧師の講話を立川拘置所で聞き、更生を誓って10年。

出所後にネイリスト、アロマテラピー、産業カウンセラー(実技免除)、国家資格キャリアコンサルタントの資格を取得し、現在は通信制大学に通いながらカウンセラーを主な生業とし、社会生活を送っています。

コツコツ歩みを進めました。一歩ずつ、ときには後退しながら、「今の自分にできること」をコツコツ積み重ねています。

出所後は選択の連続で、苦しいことも逃げ出したいことも、投げ出したいことも山ほどありました。

問題が起こる度に多くの方の力を借りながら、自分と向き合い歩みを進めてきました。

その結果の一つとして、大変有り難いことに、マスコミに取り上げていただく機会が増えました。

 

本名と顔を出せる元受刑者は少ない

 

私がマスコミに重宝される理由の一つに、本名で顔を出して活動していることが挙げられます。

古い読者の方はご存知かと思いますが、私は「依存 症子」というハンドルネームで活動を始めました。今も私のことを「症子さん」と呼ぶ方は多く、それだけの時間をハンドルネームと共に過ごしたと感じます。

本名で初めて取材を受けたのは文春オンラインさんです。

昨今の週刊誌報道で週刊文春や文芸春秋の在り方に疑問を持つ方もいらっしゃるとは思いますが、私はこの記事のお陰で世に出る事ができたので、記者のYさんと文春オンラインさんには心から感謝しています。

そのときの記事はこちらです。2021年の記事なのでもう3年前になるのですね…。

 

なぜ実名顔出しをした?

 

最近はハンドルネームでの活動が違和感なく社会に受け入れられていると感じます。

本名で活動をしている現在も「症子」を使う場面があります。

依存症の自助グループでは匿名性と安全が守られなくてはなりませんので、私が自助グループに参加する際は「症子」を名乗り、TPOで使い分けています。

私が新聞や週刊誌、ネット記事を読むとき、本名や顔写真が出ていない場合こう思います。

「本名と顔を出せない事情があるんだな」、「信憑性に若干欠けるな」

本名と顔を出せない事情について、自分だけの問題ではありませんから、家族に迷惑がかかる、子どもが虐められたら困る、周囲に白い目で見られるのが怖い、家族から本名の活動を反対されているなど、様々な理由があると思います。

この点について私と夫もとことん話し合いをしたので、本名を出したくても出せない方の気持ちや、本名を出してもらいたくないご家族の気持ちも分かります。
文春オンラインさんの記事が出たとき、Y記者からこのように言われたのを良く覚えています。

「文春は元々アンチが多いので否定派6割、いや7割、肯定派は3割居ないと思ってください」

蓋を開けてみたら批判は少なく、Y記者も驚いたようです。なぜ批判が少なかったと思いますか?

私はこの経験から大きな気付きを得ました。

本名と顔を出したから、読み手に本気度や覚悟が伝わったのだと。

私は人生をかけて(賭けて)今の活動をしています。

人生をかけているから、本名も顔も出すのです。

 

夫の仕事に支障が出たら「即」離婚

 

実名顔出しでの活動を決めたとき、夫と約束をしたことがあります。

夫の仕事に少しでも支障が出たら「即」離婚する、という約束です。

 

夫は就職氷河期世代ですが、考え方は比較的柔軟なので助かっています。

同じ屋根の下で暮らしても同姓である必要は無い、自分に火の粉が降りかかれば払う、払い方はそのとき考えればいいというスタンスです。実名と顔を出すことのメリット・デメリットを夫婦でとことん話し合い、今に至ります。

 

news23出演後

 

私の活動は新聞やネット記事に掲載され、YouTubeではアベプラや街録chに出演することができました。

地上波で取り上げられることも増え、いきなりニュースに出てビックリしたというお声をいただくこともあります。

依存や前科とは無関係の方の目に触れる機会が増えています。

ここで言う「依存や前科とは無関係の方」とは、私が社会復帰後に作り上げた人間関係のことを指します。

主に趣味の盆栽関係の方、飼育している動物関係の方たちのことです。

仕事用の湯浅静香アカウントと趣味用アカウントを分けているのですが、news23に生出演後、趣味関係の方数人からX(旧Twitter)をブロックされました。

 

人生をかけた活動と過去は別問題

 

ブロックした側は、仮に私がどれだけ善行を積もうが「過去を見る」のだと思います。

出所後にどれだけの努力をしようが、過去に犯罪を犯した人間とは付き合いたくないのでしょう。

私はこの現状に不満を言うつもりは一切ありませんし、ブロックをされたことを恨んだりもしません。

受刑歴と前科がある以上、仕方のないことだと割り切っています。

 

「自分がしでかしたことに責任を持つ」ということは、「纏わりつく過去と共に今を生きる」ことだと私は考えます。

 

今日のブログは私の経験から、前向きに生きようとしている前科者や元受刑者に対して、人間関係が切れてもいちいち落ち込まず、自分にできることをコツコツ続けて行こう!そんな前向きなメッセージであると共に、

「自分がしでかしたこと」が足枷になる日が必ず来ることを想定して生きよう!という注意喚起であると捉えていただければ幸いです。

覚悟と信念を持ち人生を賭けても、元受刑者が生きやすい社会にしようと発信を続けても、犯罪者や前科者を受け入れられない人は必ず居ます。

私のブログを読む前科者の皆さんには、自分の尻は自分で拭き、責任転嫁することなく、現実をしっかり受け止めていただきたいと思います。

次回のブログは、お花畑気味の待ち人さんに向けて書いていきます。

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

最近は多くの方からコメントをいただきます。碧の森のHPをご覧の皆さん、こちらの元記事のアメブロのコメント欄もぜひ参考になさってください。

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