Column

自分に向き合った合否

コラム

前回のブログでは、刑法を改正しないと、刑務所の中で本格的な依存症の治療は出来ないと書きました。

そんなブログを書いたあと、こんなニュースが流れました。

記事を読むのが面倒だという方へ、一部抜粋します。

「改正案では懲役と禁錮を廃止し拘禁刑を新設することで、改善更生のために必要な作業や指導ができると規定。懲役の場合、現在も薬物依存者や性犯罪者の一部に改善プログラムなどの指導はしているが、一本化により作業義務に縛られず柔軟な処遇が可能となる。高齢受刑者への福祉支援や若年受刑者の学力向上につながる指導などにも力を入れることができる。」


「柔軟な処遇が可能」
とありますが、この言葉は曖昧だなぁと、読んでいて思いました。

刑法改正がされるのは、私の活動からしても大変喜ばしいことです。これで依存症者への治療も、“今よりは”積極的になるでしょう。

 

産業カウンセラーの筆記試験、合否は……

 

今年の1月にご報告させていただいた内容を、皆さん覚えていらっしゃるでしょうか?

筆記試験は秋葉原で行われました。

この日は朝からお腹を壊すし、勉強する時間も少ないまま試験に臨みました。正直、マークシートだからと舐めてかかっていたのです。

試験が始まって唖然、「………分からん…!」状態でした。

試験後に問題用紙は回収されるので、自己採点は出来ません。

あまりの不出来っぷりに、秋葉原ヨドバシに入っている牛カツ屋さんでヤケ食いをしたのも、今となっては遠い思い出のように感じます。

 

結果は、不合格でした

 

正確には「一部合格」です。
実技には合格していますが、筆記に落ちたということです。

分かっていました。分かっていたんです。不合格だってことは。

でもこうして目の当たりにすると、不合格だと分かってはいても、やはりショックです。

 

沸きあがってきた、どす黒い感情

 

結果がポストに届いたのは、3月7日(月)でした。

試験はマークシートだったから、“あわよくば…”なんて考えていた私。でも封筒を触った瞬間、悟りました。物凄く薄っぺらかったんです。

一部合格??
ちっとも嬉しくない。

ふつふつと、どす黒い感情が湧き上がって来ました。

 

養成講座の皆さんに合否を聞きます

 

産業カウンセラー試験の合格率は、まだ昨年のものしか発表されていませんが、筆記と実技を合わせて約62%です。

同じ養成講座に通っている皆さんに、合否を聞きます。

…………多くの人が、と言うかほとんどの方が、合格されているんです。

他の受講者さんの合格の知らせがどんどん増える中、LINEで「おめでとうございます!」というスタンプや、文字をスマホに打つ自分。

でも、心の中で考えていることは、心底思う「おめでとう!」ではありませんでした。

 

①自分に対する怒り

 

なんでもっと勉強しなかったんだろう?

これだけ合格者が多いということは、難しい試験ではなかったはず。

舐めて試験に臨んだ自分に対して、物凄く腹が立ったんです。

私はいつもそう。何でも「こんなの楽勝!」と舐めてかかる癖がある。それが未だに直っていないことに、超腹が立ちました。

後悔先に立たずです。

「時間がない」という言い訳で勉強をしなかった、自分をぶん殴りたくなりました。

 

②嫉妬

 

これはそのままです。合格した人たちが素直に羨ましかったです。

合格したあと、産業カウンセラー協会にお金を払えば、晴れて産業カウンセラーと名乗れる。

私はまだ名乗れないんだな……。そう思うと何とも言えない、やり場のない気持ちが出てきました。

皆さん、きっと地頭が良いのです。勉強のやり方を知っている、コツを分かっている。それはこれまで経験してきているからこそ、出来るのです。

それに対し、これまでの人生で勉強など全くやって来なかった自分。

試験を受けて大学に行って、という経験をしてこなかった自分が、とても惨めに感じました

同時に、人生経験が豊富で真面目に生きて来た人たちに対して、嫉妬をしたのです。

 

③傲り、自惚れ

 

恐らくですが、養成講座に参加された中で、一番カウンセリングを実践しているのは私です。それは当然ですよね。私の主な生業は「カウンセリング」なんですから。

養成講座に通う前から、相談者さんのお話を聞いてきています。

私は夜中、夫相手に大泣きしながら、こう言いました。

 

「私は受講者の中で一番カウンセリングを実践している!誰よりも人の力になっているはずなのに、その実績と肩書が伴わないことに、物凄く腹が立つ!」

 

私のカウンセリングがパーフェクトだ!とか、私のカウンセリングを受けた人全員を救ったんだ!と言いたいのではありません。

これまで多くの相談者さんに割いてきた、メールやLINEのやり取りを含めた、何百時間という膨大な時間。

その時間がまるで全て無意味だったような、否定されたような気がしたのです。

すると、夫は静かにこう言いました。

 

肩書き、そんなに大切なの?

 

試験とはそういうもの。人の役に立っているかどうかなんて関係ないよ。

試験は試験と割り切って、勉強をしてこなかった自分が悪いでしょ?

俺から見ても、ネイルの時と比べて、勉強する時間が圧倒的に少なかったと思うよ?

これまでの過程を見てくれる試験なんて無い、過程が結果に反映する。ということは、症子は勉強不足だった、ただそれだけ。

本当は、自分が一番良く分かってるでしょ?

 

この夫の言葉で、つい最近書いたこのブログを、ハッと思い出したのです。

私、「ここまで来るの、辛かった」というブログで、こう書いているんですよね。

 

“ここに至るまでのプロセスが自分をつくる”って。

 

落ちたことには意味がある

 

もしかしたら少し疲れて、試験勉強から逃げ出すかもしれません。

でも絶対に投げ出さないし、決して諦めません。

落ちたからって死ぬわけじゃない。何度でも挑戦します。

 

今回筆記に落ちたのは、きっと神様が試練を与えたのだと思っています。

「おい症子!調子に乗ってると足元を掬われるぞ!もっと真剣に取り組めよ!」という感じでしょうか。

 

Twitterでたくさんの励ましの言葉をいただきました。コメントをくださった皆さま、本当にありがとうございます。

8月に見事合格したら、明治神宮で私を胴上げしてくださる方がたくさんいるようで?(冗談)

胴上げに向けて筋トレする方、海外や福岡の方から駆けつけてくれる方もいらっしゃるということで?(冗談)

このように、励ましの言葉や勇気をいただける私は、本当に幸せ者だと思います。

皆さん、本当に本当にありがとうございます。

 

実技は合格しています。そこはご安心ください(笑)

 

効率よく勉強をする方法を、これから探して行かなくてはいけません。

家事をしながら、主婦業をこなしながら、碧の森を運営しながら、何をどうすると勉強時間が取れるのか、試行錯誤してみます。

これは私の“生き方の模索”であり、多くのことに挑戦したり発見をすることも、回復の一つだと思っています。

 

 

※この記事は碧の森運営者、依存症子のブログ依存症子 好き放題を続けていたら受刑者になりましたの内容を、加筆修正して再掲載したものです。

最近は多くの方からコメントをいただきます。碧の森のHPをご覧の皆さん、こちらの元記事のアメブロのコメント欄もぜひ参考になさってください。

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